泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


夕飯を食べ終えて片付けを手伝った後、お風呂に入って自分の部屋へと向かった。

私の部屋の中側のドアには大きな張り紙があって、そこには「妹の名前は彩乃」と書かれている。

これは私が何千回と彩乃に悲しい思いをさせてしまった後に貼ったもので、今では両親にこの子は誰なのかと聞く事はなくなった。もっと早くこうしておけば良かったと後悔したけれど、こうしなければ彩乃の事を覚えていられないのだと突き付けられている感じがして私はドアの方へとあまり目を向けたくはない。



記憶の事に関して詳しく説明すれば、

────例えば、食器はスポンジで洗うとかお風呂ではシャンプーとトリートメントを使って髪を洗うとかそういう事は覚えていられる。
言語と同じ様に文字を読むことなどもそう。

勉強は人並み以下かもしれないけれど、高校の授業についていけているのはそういった部分の記憶をする機能が他と比べて正常を保てているからかもしれないと、そして髪を洗うなどの日常的な行為に関してはその行動が体に染み付いているからかもしれないと、主治医の先生は言っていた。

だから行動を伴わない事。

誰かの名前やエピソード(出来事)が特に抜け落ちてしまうのではないかと。

特に私の場合、エピソード(出来事)の記憶と人の名前を覚える事において、重大な欠陥があるらしい。

日常的に染み付いた行為や勉強などに関する事がまだ出来事や人の名前を覚える事よりも覚えていられるのは、逆に言えばエピソードや対人関係についてはめっきりダメという事で。


染み付いた行動や簡単な知識ならまだいくらか記憶として残ってくれる。

だけど誰かとこんな事を一緒にしたとか、こんな会話をしたとか。どこかへ行ったとか、こんな事があったとか。

この人と自分の関係性だとか名前だとか。

そういう、人間関係を築いていく上で必要不可欠な部分が私は覚えていられない。


また、誰かと話した内容や話した事自体を忘れてしまうのはそれが日常的に染み付いたものではないから覚えていられないのだとも主治医は言っていた。

体に染み付くという事は、数ヶ月の話ではない。何年もやり続けて初めて体に染み付いてくれる。一週間で記憶を失ってしまうという事も、長年経験してきたから朝起きた時に覚えていられるわけで。

リセットされた朝、自分の頭の中がほとんど空っぽになってしまう事に幼い頃はよくパニックを起こしていたらしい。
だけど何度も同じ朝を繰り返す度に私は自分の記憶が一週間で消えてしまう現実を受け入れた。

15年前から彩乃は私の妹だけど、そこに行動が伴わない。言ってしまえば私と彩乃は姉妹という関係性であるから15年経っても私は彩乃が妹だという事を忘れてしまう。

誰かと何をしたという思い出も、それは思い出であって長年の間に染み付た日常ではないから忘れてしまう。


という事だって、この日記帳がなければ私は知る術さえない。