泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


走って辿り着いた防波堤には、予想通り拓海がいた。


「っ拓海!」

「佳乃⋯」

「なんでっ、いるのっ?」

「なんとなく佳乃が来てくれるかなって思って」

「いつから⋯?」

「4時くらいかな?そんなに経ってないよ」


拓海はそう何でもないように言うけれど、もう日が暮れているのだから、“そんなに経ってない”というのは気遣い以外の何物でもない。


「寒くなかった?」

「寒かったって言ったら抱きしめてくれんの?」

「ふざけないで」


そっと拓海の両手に触れればひんやりとしていて、まだ10月といえど外にずっといれば冷えてしまうのは当然で。


「っ風邪引いたらどうするのっ」

「俺あんま風邪引かないタイプだから大丈夫だよ」

「そういう問題じゃっ⋯、」

「なんでもいーから、抱きしめて」


私が掴んでいた両手を勢いよく引いた拓海に釣られてその胸に飛び込んだ私の頭上で煩わしそうに声を出した拓海にグッと押し黙る。


「風邪引いても自己責任だし、その時は佳乃が看病してくれればいいからさ」

「っ」

「だから今はそんなどうでもいい事言ってないで抱きしめさせてよ」


後頭部と背中に回る拓海の腕が痛いくらいに私をその胸に閉じ込める。

ドクン、ドクンと拓海の鼓動がダイレクトに鼓膜を震わせる。

僅かな吐息さえすぐ近くで聞こえるこの距離は私だけのものなのだと場違いな事を思いながら私も背中に回した手に力を込めた。