泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】



機嫌よく「またねー」と教室を出て行く彼女を見届けた後、掃除の前にトイレに行こうと席を立つ。

うちの学校のトイレのドアは横開き式で、そのドアノブに手を掛けてほんの数センチ開いた時、中から二人の話し声がした。


「サエ、今日掃除当番じゃなかったの?」

「ん~?」

「そんなバッチリメイクしてどうすんのよ。掃除は?」


どうやら声の感じからして二人は手洗い場の鏡の前で喋っているらしく、一人は知らない声だったけれどもう一つの声はさっきまで聞いていた声に違いなかった。


「掃除当番はなくなったよ?」

「なに、どういう事?」

「うちのクラスの岩崎って子いるじゃん」

「⋯あー、あの記憶がなくなるとかなんとかいう?」

「そうそう」


何となく、予感はしていたけれど実際に二人の会話の内容が自分の事だとなるとじわりとドアノブを掴む手に汗が滲んだ。

聞かない方がいいと分かっているのに、まるで足が地に張り付いたみたいに動けなくて。


「なんか前に話した時、結構大人しそうな子だなって思ったんだよね。自分自身に対して凄く自信がないっていうか」

「で?何したの、その岩崎さんに」

「ちょっと嘘ついちゃった」

「記憶がないのをいい事に?」

「だって今日彼と誕生日デートなんだもん!そんな日に掃除当番とかやってられないって!せっかく部活も休みなのにさ~」

「サエのそういう所悪いよねぇ。一見人当たりが良いのに本当は性格最悪」

「うわ、ひどーい!⋯まぁでも、岩崎さんになら嘘ついてもバレないし、バレなければついてないと同じでしょ」


アハハと笑い声がして、私は拳を握りしめた。

分かっては、いた。

彼女の話が嘘だって事は何となく分かっていて、きっとこういう事は私は過去に何度か経験してきたんじゃないかってことも想像出来る。

嘘を言っても、絶対にバレないんだから。

覚えていない私にはそれが嘘だと証明する術も記憶もなく、こうだった、こう言ったと言われてしまえばそれを受け入れるしかない。


いつのまにか足は地面から離れて、私は教室に戻っていた。


嘘だろうとなんだろうと一度引き受けてしまったのならやるしかない。

鞄からスマートフォンを取り出して拓海に連絡を入れる。


<ごめん。今日は会えなくなっちゃった。
先に帰っていていいよ>


そしてそのままスマートフォンの電源を切る。

心が痛くて仕方なかった。