泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


誰かに対する申し訳ない気持ちも、誰かに対するありがとうという気持ちも、誰かを好きという気持ちも楽しいと思った気持ちも、七日後の朝には全て忘れてしまっている事が物凄く怖い。

私が過ごした時間も、感じた思いも、確かにあるはずなのに、嘘なんかじゃないはずなのに、消えてしまう。

だから私は出来る事ならずっとずっと起きていたい。眠りになんか就かずにずっと目を開けて日々を繋いでいけたらいいのにって思う。

けどそんな事、出来るはずもなくて。

記憶がリセットされた朝、「この子は誰?」と両親に聞いてしまう。

「妹の彩乃だよ」と言われる度、私自身が消えてしまったらいいのにって思う。

もう何十、何百、何千とそれを繰り返した。


「佳乃!どうしたのっ?」

そんな事を考えていれば、いつの間にか箸を止めて一点を見つめていた私にお母さんが焦った様な声を出した。

その表情には緊張が滲んでいて、私の記憶に何か起きたんじゃないかと危惧しているみたいだった。

プツリと急に全てを忘れてしまうかもしれない。

自分の名前すら忘れて、一週間ではなく一日単位の記憶になってしまうかもしれない。

だからお母さんは真剣な表情で異変が無いかを尋ねるんだ。

「ううん、大丈夫だよ。ちょっとボーッとしてただけ。今日朝からマラソンさせられて疲れちゃったみたい」

「⋯そう、」

大丈夫と言った私にお母さんは安堵の息を吐く。その度に私も心の底から安心するんだ。

これ以上お母さんを悲しませたくない。心配かけさせたくないから。