泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】



誕生日当日、私はいつもの様に学校へ行き授業を受けた。

放課後は拓海と会うだろうし、家に帰ってからはお母さんと彩乃がお祝いしてくれる。

お父さんは丁度二日前から出張が入ってしまって帰ってくるのが明日の朝の為、家族での誕生日パーティーはお父さんが帰ってくる土曜日、つまり明日してくれるらしい。


誕生日といっても私の中では何も変わらなかった。

朝、お母さんと彩乃に「おめでとう」と言ってもらえるのは嬉しかったけど、私はあまり誕生日というものに特別感を抱いてない。

大人になっていくのが怖いから────。

歳を重ねた分だけ、生まれた日が遠のいていく分だけ、思い出は増えていく。

その思い出を忘れてしまう私は、一つ、また一つ思い出を忘れていってしまう事を思い知らされる誕生日が好きではなかった。



授業が終わり、帰ろうと席を立とうとした私の頭上に影がかかる。

顔を見上げれば、ポニーテールを揺らした小柄な可愛らしい子が立っていた。


「岩崎さん」

「⋯はい」

「ちょっといいかな?」

「?」


首を傾げた私に彼女は申し訳なさそうに眉を下げながら、言いにくそうに唇を開く。


「この前岩崎さんが掃除当番の時に私が代わってあげたの、覚えてる?」

「⋯え?」

「急用があるとかで岩崎さんに変わってって頼まれて⋯それなら私が当番の時に岩崎さんが代わるって約束で引き受けたんだけど」

「⋯」

「今日、私の当番なの」

「⋯つまり、今日私が貴方と掃除当番を代わるって事?」

「っそう!覚えてたんだっ?」


やけに明るい声を出す彼女の話には身に覚えがなく、普段そういう時はスマートフォンのメモに残しておく事を考えれば彼女の話が本当の事だとは思いづらい。

かと言って記憶を失ってしまう私にはそれが嘘だという事も言えなくて。


「⋯覚えてはないけど、そういう事があったんだよね?」

「うん!私も代わったしそこはちゃんと約束を守って欲しくて⋯」

「⋯わかった」


彼女の表情や声の上ずり具合からその話が本当だとは到底思えなかったけれど、覚えてない私には何も言う事が出来なくて、私は掃除当番を引き受ける事にした。