泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


どうやら彩乃は夕飯の唐揚げに不満を持っている様で、まだ幼いその顔の眉間に皺を寄せている。

「大体さあ、唐揚げって週一の頻度で食べるものじゃなくない?」

「そう?量も作れるし、佳乃の次の日のと弁当にも入れられるから楽なんだけどな」

「さすがに週一唐揚げは飽きるって」

「まあ、いいじゃないの」

唐揚げを揚げ終えたお母さんが作りたての唐揚げをお皿によそい、テーブルの上に置く。

今日はお父さんは遅いから、先に食べてしまう様だ。

「ほら、佳乃も座りなさい?」

「⋯うん」

四人がけテーブルで、私の前にお母さんが座り、私の横に彩乃が座っている。

「いただきます」と手を合わせた直後に聞こえた彩乃の小さな溜め息に、居た堪れない気持ちになった。


彩乃の言い方によれば、お母さんは週一で私の好物である唐揚げを作ってくれているらしい。
それは間違いなく私の為で。
好きな食べ物とその味さえ忘れてしまう私。
だからお母さんは忘れてしまう度に週に一回、こうして私の好物を夕食にしてくれている、らしい。

私は毎回新鮮な気持ちで食べられる唐揚げも、他の家族⋯特に彩乃にとっては違う様で、週一で食卓に登場する唐揚げに少し飽きてしまったらしい。

加えてダイエットをしようとしているらしい彩乃。そりゃあ唐揚げなんて嫌だろう。

だけど彩乃が何よりも嫌なのは私だろう。

飽きたと言いつつもちゃんと唐揚げを食べている彩乃はお母さんの料理を不味いなんて言わない。いらいとも言わない。

だからきっと、気に食わないのは私に対してなのだろう。


一週間で記憶を失う姉。
それだけでも家族として大変な思いをしているというのに、私が我儘を通している様に彩乃には見えているのかもしれないし。そしてそれはあながちそれは間違いではないのかもしれない。

記憶を失ってしまう私の為にお母さんが何かをしてくれる事を彩乃はあまり良く思っていないのかもしれない。

だって彩乃だってきっと、まだまだ甘えたい時もあるはずで、幼い頃から色んな事を私のせいで我慢してきたのかもしれない。


だから私は彩乃に対して凄く申し訳ない気持ちになるし、この申し訳ない気持ちも来週にはなくなってしまう事が恐ろしい。