「⋯⋯お姉ちゃんは、」
「うん?」
「お姉ちゃんは記憶がなくなるの、怖くないの⋯?」
揺れる彩乃の瞳に、私は柔らかく微笑んだ。
「怖いよ。凄く怖い」
「⋯っ」
「眠りたくないし、思い出がなくなってしまうのは凄く悲しい」
「⋯そう、だよね」
彩乃が今何を思っているのか想像が出来なかった。傷付けてしまった事もあり怒っているのだろうと思っていたのに今、私の前に立つ彩乃の表情はとても悲しそうで。それでいて自嘲しているみたいな乾いた笑みに私はただただ自分自身に憤りを感じた。
苛立ちも悲しみも与えてしまう私はやはり、自分自身を許せないと思った。
だけど自分自身ですら許せない私を許してくれたのは彩乃だった。
「⋯⋯私の方こそ、ごめん」
「⋯⋯なんで彩乃が謝るの?」
「私、お姉ちゃんの怖さとか苦しさとか全然分かってなかったんだって最近気付いたの」
「⋯」
「お姉ちゃんは私の前では弱音を吐かないから、辛いのは自分だけだって勘違いしてた」
「彩乃⋯」
「お姉ちゃんだって怖いはずなのに、苦しいはずなのに、私はそんなお姉ちゃんの気持ちを考えずに自分が寂しいからって八つ当たりして、傷付けてたのは私の方だよ」
そんな事ない。とは言えなかった。
確かに彩乃の言葉に傷付いた事がないとは言えなかったから。
だけどそんな事どうでもいいと思えるくらいに私は彩乃を傷付けた。それなのに彩乃は「ごめん」ともう一度謝った。
「私、中学に上がる頃に思った事があるんだ」
「⋯思ったこと?」
「お姉ちゃんが忘れちゃっても、記憶がなくても、それはお姉ちゃんに変わりはないって。私のことを忘れても、私はお姉ちゃんの妹でお姉ちゃんは私のお姉ちゃんで。何も変わらないんだからそれでいいって思ったの」
「⋯っ」
「諦めたって言ったらそうなんだけど、受け入れたって方がシックリくるんだよね」
「⋯彩乃」
「記憶がなくてもお姉ちゃんが別人になったわけじゃないし、過ごした時間がなくなるわけじゃないって」
「⋯」
「中学に上がる頃そう思って⋯、でもやっぱ寂しさとか辛い思いがなかったわけじゃないからお姉ちゃんには嫌な態度取ったりしちゃって⋯、ごめんね」
泣きそうになるのを必死に我慢して首を振る。
彩乃がそんな風に思っていたなんて全然知らなかった。
苦しみながらもそうやって私を受け入れてくれた彩乃はどこまでも優しく大人だ。
そして私なんかよりずっとずっと強い。
「この前はついカッとなっちゃったけど、冷静になってみるとあれはお姉ちゃんなりの愛だったんだって思った」
「っ」
「私を傷付けない為の愛だったんだって」
「彩乃⋯」
「だから⋯、改めてこの前はごめん」
「っ」
「きっとこの先もお姉ちゃんに八つ当たりしちゃう事もあるかもしれないけど、仲直り、したい」
「っ彩乃⋯」
「これまでよりももっと、お姉ちゃんを支えたいし解りたいと思ってる」
気恥しそうに、だけど真っ直ぐと私を見つめてそう言ってくれた彩乃に込み上げてくる涙を懸命に我慢しながら何度も何度も頷く。
「ありがとうっ、ありがとう、彩乃っ」
きっと妹が彩乃じゃなければ、こんな風に私を支えたいなんて言ってくれなかったんじゃないかって思う。
寂しさも苦しさも全部受け止めながら私をこの先も姉として認めてくれる彩乃は本当に本当に、どこまでも心の優しい子だ。
傷付けてしまうのに、傷付けてしまったのに今私の肩に手を置いて「泣かないでよ」と困った様に笑う彩乃に私は「大好きだよ」と告げた。



