泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】



暫くして家に帰ると丁度お母さんが夕飯の支度をしているところだった。


「ただいま」

「あ、おかえり佳乃。今日は佳乃の好きな唐揚げだよ」

「やったぁ!」

ジュワッとした音を立てて揚げ物をするお母さんに「楽しみ」と言ってから脱衣場に向かい、手を洗う。

一週間で記憶がなくなると言っても、症状が酷くなるよりも前の記憶や言語、自分自身のことは失われない。

私が毎日海を眺めている様に、海を好きだという記憶は覚えていなくても私のなかにあって、それと同じ様に好きな食べ物も覚えていなくても私の中にある。

だけど私は自分が唐揚げが好物だとは覚えていられない。食べれば味覚が変わっている訳ではないから美味しいと感じるのだけど、食べてみないとこれが好きな食べ物なのか苦手な食べ物なのかさえ分からなくなってしまう。

さっきみたいに「佳乃の好きな」と言ってもらえて初めて私は自分の好きな食べ物が唐揚げだと認識する事が出来るんだ。


手を荒い終えてリビングに戻ると、私より少し前に帰ってきていたらしい彩乃が二階の部屋から降りてきていた。

部活着から部屋着へと着替えた彩乃は「お母さんまた唐揚げ!?」とダイニングテーブルの椅子に腰掛けながら不貞腐れた顔をする。

「私こんなに頻繁に脂っこいもの食べたくないんだけど!」

「頻繁でもないわよ?週一だし」

「夏休みに友達とプール行くって言ったじゃん!今からダイエットしなきゃなのに」

「十分細いから大丈夫よ」

「全然大丈夫じゃないんですけどー⋯」