泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】



家に帰ると丁度彩乃が起きてきた所で、続けてお母さんとお父さんもリビングへとやって来る。


「佳乃、早起きね」

「なんか目が覚めちゃって。海行ってたの」

「そうなの?行くのはいいけど気を付けてね」


朝食の準備をするお母さんに「わかってるよ」と言いながら手伝いをする。

お母さんは主に彩乃のお弁当を作り、私は簡単なお味噌汁と卵焼きを作った。

ご飯は炊いてあるから、そこに鮭瓶を合わせれば、簡単な朝食の出来上がりだ。


「彩乃、コンクール頑張ってね」


4人で食卓を囲みながら、朝ごはんを食べる。


「三年間頑張ってきたんだから、ちゃんと出し切るんだよ」

「うん」

「緊張した時は手のひらに人という字を⋯」

「お父さん、私そういうの信じてないから」


黙々と箸を動かす彩乃の表情は明るくて、緊張もしているのかもしれないけど最後の夏のコンクールをとても楽しみにしているのが分かる。



「⋯⋯彩乃、」


彩乃は私に来て欲しくないかもしれない。

だけど、これだけは言いたかった。


「頑張ってね」

「⋯⋯」

「楽しんでね」

「⋯⋯」

「楽しんで」


他にも言いたい事はあった。

中学の三年間一生懸命、部活動に励んだ彩乃をもっと上手な言葉で励まして、応援したかったけど、結局はシンプルな言葉しか出てこなかった。

三年間の彩乃を私は覚えていない。

辛かった時期もあったのかもしれないけどそれを知らない。

彩乃がどんな風に楽器を奏でるのか知らないし、去年彩乃が演奏した姿も覚えていない。

だけど応援する気持ちは本当だ。


「⋯⋯お姉ちゃんに言われなくても頑張るに決まってるじゃん。これで最後なんだから」

「⋯うん」


私の言葉に彩乃は僅かに目を見開いた後、眉根を寄せてそう呟いた。

笑顔を見せてくれたわけじゃなかったけど、久しぶりに彩乃と話せた事が嬉しかった。