泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


「私、恋してみたかったの」

「うん」

「でも出来ないと思ってて、もちろん拓海を好きになるとかも思ってなかったと思う。だからなかった事にしたかったというよりは書かなくても何も変わらないと思ってきっとどこにも告白された事を残さなかったんだと思う」


きっと当時の私は怖かったのだと思う。

恋する事を夢見て、だけど誰かを好きだと思う事が怖かったのだと思う。

だから逃げ道を作った。

拓海が私から離れた時にそこに恋なんてものはなかったのだと、自分を慰める為に。

忘れてしまえばなかった事に出来るのだからと、姑息にもそう思ったのかもしれない。


「ねぇ、拓海」


─────でも、今は違う。

まだ誰かを好きになる事は怖いけど、それよりも強く誰かを好きになりたいって思ってる。

拓海の想いも私の想いもなかった事にはしたくない。


「もしかしたら、私も拓海のことが好きかもしれない」

「⋯⋯っ」

「きっと、これが好きって気持ちなんだって思う」


拓海といると落ち着いて。

触れ合うとドキドキして、笑顔を見たいと思う。

横にいるだけで心地よくて、私のことを知って欲しくて拓海のことを教えて欲しい。

どんな時でも傍にいて欲しい。

柔らかくて温かくて、少し痛くて。

ほんのりと木漏れ日の様に心に光を射してくれるこの正体は恋なんじゃないかって思うんだ。


「⋯本気で言ってる?」

「うん」

「俺のこと好きなの?」


そんな改まって言われると照れてしまうけど、ゆっくりと頷けばより一層強く抱きしめられた。


「じゃあもう消えたいとか言うなよ」

「っ」

「佳乃が存在する意味がここにあんだから、消えたいなんて言うな」


潮の香りと、拓海の柔らかく甘い匂い。

それはまるで眠れてしまう程心地よかった。