泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


「忘れられるのは寂しいよ」

「っ」

「でも、佳乃が忘れちゃうならそれはもう仕方ないだろ」

「⋯仕方、ない?」

「俺は佳乃と友達で、佳乃の傍に居たくて、その佳乃が記憶を失ってしまうなら仕方ないと思わない?」


抱きしめたまま言葉を発していく拓海の言いたい事があまり理解出来なくて「どういう意味?」と問えば「そのままの意味だよ」と返ってくる。


「記憶を失ってしまうとしても佳乃の傍に居たいんだよ」

「⋯」

「忘れられちゃうとしても、その瞬間だけでも笑っていて欲しい」

「⋯」

「苦しいよ、寂しいよ、辛いよ。でも仕方ないだろ、好きなんだから」

「⋯す、き⋯って、」

「辛くても忘れられても諦めるしかないだろ、そんなの。忘れられる事を仕方ないって諦めるしかないじゃん。俺は、佳乃が失っていく記憶を寂しがるより一緒に笑って過ごした時間を大切にしたいんだよ」

「⋯っ」

「ごめん。勝手な事言ってる。でも、本心なんだよ」

「⋯拓海、」

「辛いし苦しいけどそれが佳乃ならそんなのどうだっていい。俺の辛さとかどうでも良くて、傍にいたいんだよ」


耳元で紡がれていく言葉たちは、悲痛で、それでいてどこか温かかった。

本心だと言った拓海は辛いとも苦しいとも寂しいとも言った。

だけどそれ以上に私の傍にいたいのだとも言った。


忘れられるのは辛い、でもそれが私の一部なら受け入れるしかないとそう言っている様な気がして、心がとても締め付けられた。


「⋯⋯なんで、」

「⋯ん?」

「なんで、そこまで言ってくれるの⋯」

「⋯」

「なんで私の為に苦しい事も我慢出来るのっ⋯?」


涙声で、ズッと鼻を啜った私にふっと笑う拓海の吐息が首筋に当たる。


「好きだからだよ」

「っ」

「好きだから以外に理由なんてないよ」


拓海の背中越しに見えた夕波はまるで、優しく私たちを包んでくれているみたいだった。