泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


学校が終わり放課後になって、朝と同じ道のりを歩く。

海沿いの家に近付いてくると私は道を外れて防波堤に登った。

これは私の日課で、こうして防波堤の上に座りながら青い海を眺める事が大好きだった。

記憶がなくなっても、好き嫌いが変わるわけではない。記憶が消えてしまっても私は私だから。

だから例え一週間前の事を覚えていなくても、私は自然と毎日のようにこうして海を眺めている。

それに気付いたのは学校が終わる時間よりも随分遅く帰ってくる私を心配したお母さんに私が「海を眺めている」と言っていたんだと前に教えてもらえたから。

寄せては返す波の音と、白い飛沫。

煌めく果てのない世界。

この景色を見ていると心が安らぐ。

何も考えずにただボーッと広い海を眺めているこの時間はとても楽なんだ。

先の事も、この記憶力の事も、何も考えなくていい。

ただ風を感じて海を眺めていればいい。

きっとこの時間は私には無くてはならない時間だ。