「どうしたの、彩乃⋯?」
「どうしたのじゃ、ないっ⋯」
「彩乃⋯?」
目の前まで来て紙を握りしめた拳を私の胸に突き付ける彩乃の手は、震えていて。
混乱しながらも私は震える手から紙を抜き取った。
「っ!」
「お姉ちゃん、最低だよ⋯」
グシャグシャになった紙には「彩乃」の文字が書いてあって、それは私の部屋に貼ってあったものだとひと目で分かった。
私が妹という存在を忘れない様に、彩乃という名前を忘れない様に、部屋のドアに貼っていた紙だった。
「私、お姉ちゃんが記憶を失っちゃうって事理解しようとしてるよ!?辛いけど仕方ないって受け入れようとしてる」
「彩乃⋯、」
「それなのに何でいつもそれを無駄にするの?何でお姉ちゃんはいつもいつも私の事傷付けるのっ⋯?」
瞳いっぱいに涙を溜めて悲痛な声で叫ぶ彩乃に、私は全身が震えた。
また、傷付けてしまったという後悔。
もうこれ以上彩乃に苦しい思いをさせたくないのに。
「こんなのドアに貼って、何のつもり?」
「それは⋯、」
「馬鹿みたいに貼られたこの紙を見て私がどう思うか考えられないの?お姉ちゃん私の事馬鹿だって思ってるの?」
「違うっ!私はただっ⋯」
「もう嫌だよ、私⋯」
「っ」
「お姉ちゃんと暮らしていくの、凄く疲れる」
「⋯彩乃、」
「傷付くし苦しいっ⋯」
「⋯っ」
「もうこんなの嫌だよっ⋯」
「彩乃、」
ポタリと、彩乃の瞳から大きな涙が零れ落ちていく。
こんな風に彩乃が私の前で苦しいと涙を流しているのに私は掛ける言葉が見つからなくて、ただただ立ち尽くす事しか出来ずにいる。
ずっとずっと我慢していたものが遂に噴き出した様に辛い、と泣く彩乃。
ごめんねと言えばいいのだろうか。
だけど謝ったところで私の記憶がなくならなくなるわけではなく、それはただの自己満足にしか過ぎない気がした。
「彩乃⋯」
「⋯っ」
「彩乃、」
「⋯っ忘れるなら、何も言わないでよ」
「っ」
「何でお姉ちゃんは忘れちゃうの?何でこんななのよっ」
「⋯っ」
「お姉ちゃんがいなければ私はもっと幸せだったのに⋯」
ポツリと吐き出された言葉は重く重く私の心に伸し掛る。
私がこんなんじゃなければ⋯、
私がいなければ、私の周りの人達はもっと幸せだったんじゃないかって何度も何度も考えたそれを誰かに言われるのはとても苦しくて。だけどそれ以上に私の周りの人は苦しい思いを何度もしてきたのだと思うと、私は自分が存在する意味なんてないんじゃないかって思った。
むしろ私なんて存在しない方がいいんじゃないかって。
記憶と共に存在自体消えてしまえればいいのに。



