泡沫の夢の中で、一寸先の幸せを。【完】


それからまた明日も同じ時間に会う事を約束して家路につく。


「ただいま」と言ってリビングに入ると、丁度お風呂上がりの彩乃がソファーに座りながらテレビを見ていた。


「彩乃、お風呂早いね」

「⋯なに?文句あんの?」

「そういう訳じゃないけどいつもは晩御飯の後に入ってるから」

「パート練とかだと各教室でやるからクーラーがないの。汗びっしょりで気持ち悪いじゃん」

「⋯そっか、お疲れ様」


彩乃があまり私と話したくない雰囲気を出している事には気付いているけど、今朝のお母さんとの会話もあって少しだけ勇気を出してみようと思った。
こんなんだけどお姉ちゃんだもん、私から寄り添っていくべきだ。

そう思ったのだけど、その後に続く言葉が出てこなくて口を閉ざす。本当はどんな楽器を演奏してるの?って聞きたかったけどそれはまた彩乃の期限を損ねてしまう気がして言えなかった。


「⋯お姉ちゃんは今日、」

「⋯え?」


気まずい空気が流れる僅かな沈黙の時間を破ったのは、予想外にも彩乃だった。


「友達と会ってるってお母さんが言ってたけど、友達なんていたの?」

「⋯」

「聞いてる?」


彩乃から私に話しかけてくれるなんて想像もしていなくて驚き固まる私に彩乃の幼い瞳が私の方へと向く。

まだまだあどけないその瞳は朝も冷たく私に突き刺さっていたけれど、今はその冷たさがない。

だから私は驚きと嬉しさで、心臓が速くなっているのを感じた。


「っ、聞いてる、聞いてる!」

「友達なんてお姉ちゃんにいたの?」

「っ最近ね、出来たの」

「⋯ふぅん」

「⋯彩乃?」

「その友達ってどんな人なの?」

「へ?」

「お姉ちゃんの事、理解してる人なの?」


そう言った彩乃の表情は苦く、疑わしげに眉をキュッと寄せている。

その表情の意味を私は自惚れてもいいのなら、心配と思うだろう。