『ごめんなさい』

『婚約、解消しましょう』

『幸せに、なって、』


 最後に彼女を見たのは、そんな言葉が紡がれた時だった。
 彼女といるとずっと息が苦しくて、ずっと逃げたかった。
 高位貴族の婿として婚約して、ずっと──

 ずっと、彼女の隣に立つ自信が無くて。
 本当に僕でいいのか。相応しくないんじゃないか、と、ずっと、重圧で苦しかった。

 でも彼女は僕に寄り添ってくれていた。
 だけど、僕はそれすら重荷に感じて。
 とうとう彼女から逃げ出した。

 彼女に会わない日々はとても気が楽だった。
 でも義務で会わないといけない日もあって。
 次第に断るようになった。

 それでも毎日追い詰められるように感じて。
 つい、気心知れた幼馴染みに縋ってしまった。

 それを見られていたとも知らず、幼馴染みを心の拠り所にした。
 彼女は「婚約者の方に申し訳無いからやめて欲しい」と言っていたけれど、婚約者が僕に言い寄って来なかったら幼馴染みと結婚していただろう。

 それからは幼馴染みと一緒にいるようにした。

『結婚したら、その方を囲って良いのよ』
 って言ってたし、婚約者じゃなくて幼馴染みと一緒にいても問題無い。

 もうたくさんだ。
 自由になりたい!!


 そう、思っていた。


『婚約、解消しましょう』

『幸せに、なって、』


 最後に見た彼女の瞳から雫が流れた瞬間。

 僕は──



 後日、本当に婚約解消された。

 望んだ結果だ。
 親は「親戚になれなくて残念」とは言ったけど、慰謝料も貰ってうちに打撃が無くてホッとした。

 けれど。

 望んだ結果なのに。
 何故か心にぽっかり穴が空いてしまったように感じた。

 あぁ、学園を卒業したら結婚して侯爵家に入る予定が無くなったから身の振り方を考えなくてはいけないのに。
 頭が重くて何も考えられない。

 学園に行っても彼女から逃げ回らなくて良くなったのに。
 気付けば彼女を探している。

 心当たりを探しても見つからない。
 今日も、昨日も、一昨日も。

 そのうち、彼女は隣国へ留学したと人伝に聞いた。
 なんでも隣国の公爵閣下に見初められたらしい。
 だけど、当時僕という婚約者がいたからお断りしていたそうだ。
 けれど、僕との婚約は解消された。
 だから、隣国に行って公爵家に嫁ぐそうだ。

 それを聞いて僕の胸はざわついた。

「──あ、れ……」

 ぽたぽたと、頬を伝って零れたモノが、制服にシミを作る。

 思い出すのは彼女の事ばかり。

『幸せに、なって、』

 あの時、泣きながら、笑っていた。
 初めて、真正面から見たその笑顔が、僕に焼き付いて離れなかった。