「いい加減にしてくれ!君にはもう、うんざりなんだ!!」

 ぱしんと振り払われた手がやけに痛む。
 その時初めて気付いたの。

 ああ、私はこんなにも貴方から嫌われていたのね……。



 貴方は、親同士が決めた婚約者。
 でもね、実際は私がお願いしたの。
 どうしてもあなたと将来を共にしたくて。

 格上の侯爵家からの打診、子爵家次男の貴方は断れなかったのよね。
 おまけに貴方のお家の事業への援助もあったから余計に。

 だけど私は嬉しかったの。
 貴方が婚約を受け入れてくれたって信じて、とても嬉しかったの。


 だから知らなかったわ。
 貴方が、幼馴染みのあの方と将来を誓い合っていたなんて。

 結婚したら、その方を囲って良いのよ、って言ったら貴方は信じられないものを見るような顔をして怒ったわね。

『僕はそんな不誠実な男にはならない!』

 それを聞いた時、これは私と結婚して、私だけを愛してくれると思ってしまったの。
 ……実際は、私と結婚しても、義務だけを果たす為のもので。
『私を愛する』事ではなかったのね……。


 そうとは知らず、有頂天になった私は貴方から片時も離れなかった。

 なにをするにも一緒に。
 どんな時も一緒に。
 それこそ一緒に通っている学園なんて、毎日一緒にいられるから楽しくて仕方なかったわ。

 貴方に言い寄る女性を全て振り払い、貴方を独り占めした。

「たまには独りの時間が欲しい」って言われても、構わずに一緒にいたわ。

 だって、貴方はとても人気があるから、私は不安だったの。
 私の見てない所で誰かに取られちゃうんじゃないかって。

 そのうち貴方は理由を付けて断るようになった。

 5回に1回が3回に1回になり、2回に1回になるにはそんなに時間はかからなかったわ。

 だけど、大好きな貴方の為なら、と私も我慢を覚えたの。
 会えない分、私の想いは募って。
 貴方に会えた時はずっと、想いを……押し付けてしまった。

 そのうち断られる事が5回中3回になった時、もしかしてあの子が貴方を誘惑しているんじゃ、と疑ってしまったら、もうだめだった。

 あの子を監視して、怪しい素振りがあれば注意して。
「ただの友人だ!」って言われても信じられなくて。

 あの子がいなければ、って考えたりもしたけれど。
 さすがに、それは止めておいたわ。


 ねぇ、私、貴方が好きなの。
 優しくて、高位の私に対しても物怖じしない貴方。

 貴方はどうかしら?

 私を、少しは好きでいてくれてるかしら?
 あの子の事がまだ好きなのかしら?

「あの……私がこんな事言うのは間違いとは分かっていますが……。もう少しあの人の事を考えて頂けませんか?」

 愚問だわ。
 私は朝も昼も夜も、夢の中でさえあの人の事しか考えてないわ。

「君は……何をして……」

 貴方の幼馴染みの子から『もっと貴方の事を考えろ』って言われただけよ?

 ……どうしてそんな目で見るの……?


 それから貴方は徹底的に私を避けるようになった。
 探しているのに見つからない。

 会いたいのに会えないの。

 侯爵家の力を使って強制なんかしたくなかったから、私一人で、歩き回って探しても。

 今日も、昨日も、一昨日も会えなくて。


 婚約者としての交流会も、欠席の連絡が来て。
 お父様は怒ってらしたけど、私が宥めたわ。


 だからようやく貴方を見つけた時、とても嬉しくて駆け寄った。

 だけど

「もう無理だ……。彼女といると息苦しい。まともに息もできない」
「落ち着いて、まずは話し合うべきよ」
「毎日毎日、毎日毎日!!
 追い掛けられてずっと側で監視されて、僕の気持ちも無視してずっと……!
 息が詰まる!」
「それは貴方を愛しているからでしょう?」
「こんな独りよがりな愛なんかいらない!!
 ……もう嫌だ…………、助けてくれ……」


 私とした事が、足が震えて止まらないわ。
 だって

 だって、貴方は
 幼馴染みのあの子を抱き締めている。

 その時幼馴染みの子と目が合って。
 その子は貴方を離そうとしたけれど。

 貴方は離さなかった。


 私にはしてくれた事無い事も、その子にはするのね……。
 それ以上は見てられなくて、私はくるりと反転して走り出した。

 何か叫ぶ声がするけど、立ち止まれなかった。
 私の双眸からはぼろぼろ涙が溢れていたから。



 ねぇ、私は貴方が好きなの。
 貴方の為なら何だってしたいの。

 でも、貴方はそうではないのね……。

 ねぇ、苦しいわ。
 どうしてかしら。涙が止まらなくて、苦しくて、胸が痛くて。

「ふ……ぅう……うぁ…………」
 手が震えるの。
 身体が寒いわ。

 ねぇ、今すぐ来て、温めて。

 貴方が好きなの────



 いつの間にか寝ていたみたい。
 起きて、幾分頭がスッキリしていて。

 ぼーっと窓の外を眺めていた。

「婚約……解消……」

 ぽつりと声に出してみたら枯れたと思った涙が溢れてきて。

 嫌よ、したくないわ。絶対嫌よ!!
 って言う私と。

 彼が無理だと言ってる以上、解消すべきだわ。
 って言う私が。

 ずっと頭の中で喧嘩してる。


 だって、解消と考えただけで辛いの。
 身が引き裂かれそうに痛くて、息が苦しくて。
 まともに息もできないわ。


 でも。
 そうなって初めて私は気付いたの。

 あぁ。
 貴方は苦しかったのね。辛かったのね。

 そして。
 苦しめていたのは、私……。

 それに気付いてしまえばもう選択肢は一つしか無かった。
 これ以上、貴方を辛い目に合わせるわけにはいかなかった。


 次の日。
 婚約解消のお話をしたくて貴方を探したけれど、やっぱりいなかったから。
 貴方の幼馴染みの子を捕まえて居場所を聞こうとしたの。

 そしたら、貴方がやって来て。


「いい加減にしてくれ!君にはもう、うんざりなんだ!!」

 幼馴染みの子を抱き寄せて、私の手を振り払った。
 その瞳は憎しみが宿っているようだった。

 知らなかったわ。
 私は、こんなにも、貴方に嫌われていたなんて。


 いえ。
 貴方はいつでも私に訴えていたわ。
 それを無視して貴方を傷付け続けたのは私ね……。

「ごめんなさい」

 私はどうする事もできなくて、頭を下げた。

「……っ!頭を上げてくれ!君は……僕より…」

「婚約、解消しましょう。父には……私から言っておきます」


「──ぇ…」

「貴方の家が不利益にならないようにも、言うわ。……今までごめんなさい」

「……なに、も…そこまで……」

「貴女も……ごめんなさいね。全て私の我儘なの。もう、邪魔しないわ……。
 幸せに、なって、」

「──っ」

 最後に、私はきれいに笑えたかしら?
 せめて最後くらい、笑顔でお別れしたいから。

「では、ごきげんよう」

「あのっ……」

 呼び止められても振り向きません。
 振り向いたらまた、好きになってしまうもの。



 私は家に帰ると、お父様に婚約解消をお願いしました。
 彼の家に不利益が無い様に。
 私有責で、傷付けた分の慰謝料もお願いしました。

「それで、良いんだな……?」
「ええ……。彼でなければ、誰でも同じですもの」
「お前の……好きな男との幸せを願っていたよ。もちろん、今でも……だ」
「ありがとうございます、お父様」


 その後、婚約は解消されて。
 私はお父様に言われた準備をしなくてはいけないので学園はお休みしていました。
 準備が終われば私は留学という形で隣国へ行く事になっています。

 彼と結婚するならば、私は侯爵家を継ぐ予定でしたが、婚約は解消されたのでかねてより私を望んで下さっていた隣国の方の元に行く事にしたのです。

 彼でなければ、誰でも同じです。
 このまま隣国に行けば彼に会うことも無いでしょう。

 そうすれば、彼を忘れる事もできるかしら。


「……大好き、でした」

 私は彼に、最後。

 笑顔でお別れできたかしら──。