私の名前は、ジゼル。
 ジゼル・レヴェナント。

 母を病気で亡くしたあと、父と二人で静かに暮らしていた。父の再婚相手が、屋敷にやって来るまでは。

 継母は魔女だった。私の存在を疎んだ継母は、父のいない間に私に呪いをかけた。私は人間から幽霊に変わり、生きている人間からは私の姿は見えなくなった。

 屋敷を追われ、誰からも存在を忘れられ。
 行き場を失った私は遠くオルタナの森にたどり着いた。
 そこにあったあばら家を住処にして、私を助けてくれる『運命の人』を待ち続ける。

 私の呪いを解けるのは、私の運命の人だけだ。
 私のことを愛してくれる生涯唯一のその人だけが、私の姿を見ることができる。

 幽霊の(こころ)は宝石でできていて、その宝石の色がオーラとして身を包んでいる。私の(こころ)はサファイアで、私の姿が見えない人には、サファイア色のオーラだけがぼんやりと見えるらしい。

 私の姿を見つけてくれる運命の人に出会い、お互いに愛し合い。
 私がその人に自分の(こころ)を捧げることによって、人間に戻ることができる。

 何年も何年も孤独に運命の人を待ち続け、今日やっと、出会うことができた。

 アベル様は私のお父様に似て、とても温かく優しそうな人だ。私が入れたお茶も怖がらずに飲んでくれたし、美味しいと言ってくれた。

「アベル様、あなたが私の運命の人なのね」
「……え、なんだって? 運命?」
「いえいえ、いいんです」


 ここのところ、なぜだか分からないけど私のことを捕えようとする幽霊狩りが次々と森にやって来るようになった。このままでは、運命の人に出会う前に殺されてしまうと思った私は、昼間の間に森の中を回り、必死で石を拾い集めて来た。

 武器を持って幽霊狩りにやって来た人を見つけると、その人めがけて思い切り石をぶつける。私の姿が見えない人たちは、突然どこからともなく大量の石が飛んで来て、さぞや驚いたことだろう。
 持っていた武器を落としたまま逃げた人もたくさんいた。

 私は彼らが残していった落とし物を集め、拾った小刀で木を削り、いつか運命の人が現れたらお茶をお出ししようと、一生懸命ティーカップを作った。

 そんな手作りで粗末なティーカップなのに、アベル様は嫌な顔一つせずに使ってくれている。


「このお茶は、なんのお茶ですか?」

 アベル様がカップの中を見ながら不思議そうに言った。

「そのお茶は、すぐそこの畑で育てた根菜を干して乾燥させて作ったものです。紅茶をお出しできれば良かったのですが、ここには紅茶がなくて……申し訳ありません」
「あっ、そんなつもりではないのです。とても美味しいです。ただ、少し変わった色だなと思って」
「そうなんです。入れたばかりの時は薄茶色なんですが、少し時間が経つと青色に変わるんです」
「ジゼルさんの瞳の色のようですね」
「……貴方は、私の瞳の色もちゃんと見えるのですね」
「はい。貴女の姿が見えるということを、そろそろ信じて欲しいな」


 いつもここに来る人は、私のことを殺そうと思ってやって来る。だからどうしても疑ぐり深くなってしまうけど、やっぱり貴方は私の運命の人なのね。


「アベル様は、ここに何をしにいらっしゃったのですか? まさか、私を殺しに来たなんて仰いませんよね?」

 恐る恐る尋ねてみる。

「ちっ……違う、違う! 私は貴女を殺したいわけでも何でもない。ただ……本当のことを言うと、貴女の(サファイア)が欲しいのです」

(サファイアを? 私の(サファイア)が欲しいと?)

 やっぱりアベル様は、私のことを愛してくれる運命の人で間違いない。私の心が欲しいと、こんなにもハッキリと言ってくれるなんて!


「アベル様、ありがとうございます。私も、アベル様のお気持ちに沿うことができるようにしたいです。でも私たちはまだ出会ったばかり。まだ、(サファイア)を捧げるには早い気がしませんか?」
「早い……かな?」
「ええ。もう少し私たちには、一緒に過ごす時間が必要だと思います。もし良ければ、明日の夜にもまたここに来ていただけませんか?」


 私はそう言って、テーブルの上にのせているアベル様の手に、そっと触れた。

 私の手は彼の手をすり抜けてしまうから、実際には触れることはできないけれど。きっといつか、私の(サファイア)を貴方に捧げます。そうしてあなたと、この手を繋ぎたい。

 そんな夢を見てもいいでしょうか?