*

 大地とのデートの次の日、莉愛はジャージに着替えると、犬崎高等学校の正門を出た。狼栄大学高等学校まではジョギングで20分ほどで着くため、莉愛は昨日のデートを思い出しながら、機嫌良くリズミカルに走って行く。するとあっという間に狼栄が見えてきた。しかし莉愛の足は、門をくぐること無くその場で止まった。門の前で抱き合う男女を目にしてしまったから……それは、大地と誰?

 莉愛は意味が分からずパニックを起こしていた。

 大地は女子から抱きつかれているというのに、嫌がる様子も無く、微笑みながら愛おしそうに頭を撫でている。

 うそっ……どうして……。

 どうして、そんな顔……。

 大地の優しく微笑む顔に胸がズキンッと痛んだ。

 どういうこと……。

 意味がわからない……。

 莉愛は胸を押さえながら、その痛みに耐える。

 微笑み合う二人の顔……。

 あの子の顔どこかで……?

 莉愛は記憶を探っていく。そして思い出す。

 あの子は確か、ショッピングモールでこのはちゃんを助けていた女の子だ。

 見つめ合う二人を見ながら、昨日のことを思い出していた。優しい子だった。オロオロしながらも、このはちゃんに話しかけていた。

 そっか……。

 ズキズキと痛む胸を押さえながら、莉愛は二人から視線を逸らし、物陰に隠れた。

 大地嫌だよ……。

 昨日はあんなに楽しかったのに、どうして他の子にそんな顔をするの?

 分からない。

 莉愛の瞳から、大きな涙の粒がこぼれ落ちる。

 こんなに……こんなに大好きになっちゃったのに……。

 きっと私は振られてしまうのだろう。


 大地……。


 

 *




 あれから三日が過ぎていた。大地に別れの言葉をいつ言われるのかと、ビクビクと怯える日々が続いていた。夜も眠れず、莉愛は少しずつ衰弱していく。衰弱していく莉愛を心配して、大地が声を掛けてくるが、莉愛はその場から逃げ出してしまう。

 このままではダメなのに……。

 大地からの別れの言葉を聞きたくなくて、大地を遠ざけてしまう莉愛。そんな莉愛の様子に、大地は困惑していた。


 *



 莉愛とショッピングモールでデートをした次の日から、莉愛の様子がおかしくなった。まるで俺を遠ざけているようで、話しかけてもすぐに何処かへ行ってしまう。

 一体どうしたというのか?

 ベタベタし過ぎたのか?

 ガッツキ過ぎていたのか?

 俺は何か間違ったことをしてしまったのか……。

 莉愛がスクイズボトルを準備する後ろから、俺は声を掛けてみる。

「莉愛」

 すると、体をビクッと跳ねさせた莉愛が、青い顔をしながら振り返った。

「だっ……大地どうしたの?」

「少し話があるんだ」

「はっ……話し……そっか……分かった。帰りで良い?」

「ああ……」


 *


 練習が終わり、体育館の扉を閉め、校門に向かうと、一人の少女が立っていた。

 あれは……そっか、大地を迎えに来たんだね。

 今の私は邪魔者だ。

 二人の仲を邪魔する悪役。

「大地、私……先に帰るね」

 走り出そうとする私の腕を、大地が掴んだ。

「莉愛、どうして逃げるんだ」

「どうしてって……私は邪魔者でしょう」

「邪魔って……一体何の?」

「だから私が、二人の仲を邪魔しているんでしょ」

 莉愛が見つめる先に、先日の少女が立っていた。


「空?」

 空(そら)と呼ばれた少女が、大股でズンズンとこちらに向かって歩いてきた。

「ちょっと、二人とも離れてよ。一体どういうつもり」

 目をつり上げながら、莉愛を睨みつけてくる少女。

「ごめんなさい」

 莉愛が思わず謝ると、大地が莉愛を庇うようにして、後ろに隠した。

「空、お前何しに来た。大体何なんだその態度は、こっちは三年生で先輩だぞ」

「だから何?私から大ちゃん取ったのそっちじゃない」

 大ちゃん……。

 私が取った。

 親しげに大ちゃんと、大地を呼ぶ少女の顔がまともに見られない。

 私が二人の障害になっている。

 私がこの子から、大地を奪ってしまったのか……それでは、まるで悪女じゃないか。

「大地、ごめんね。私……」

「莉愛、何がごめんなの?莉愛が謝ることなんて無いんだよ」

 大地が振り返って、抱きしめてくれた。

 ああ……最後に、こんな風に抱きしめられたら、諦められなくなってしまう。

 莉愛が両手を強く握りしめたその時、少女の叫び声が聞こえた。

「ちょっと、私の前で止めてよ。お兄ちゃんのバカーー!!」



「…………」



 ん……?



 私の聞き違いだろうか?


 お兄ちゃん?



「あの……お兄ちゃん?」


 大地に抱きしめられたまま顔を上げ、キョトンとしてしまう。


「ああ、莉愛は会うの初めてだよな。俺の妹で、空だ」

「空ちゃん?」

 名前を呼ばれた空が、怒りに顔を赤くして叫んだ。


「空ちゃんなんて気安く呼ばないで!」

「ごめんなさい」

 莉愛が謝ると、更に顔を赤く染めた空が声を張り上げる。

「お兄ちゃんが、男を好きなんて知らなかった。どうして相談してくれなかったの!」


「「…………」」


 空の言葉に莉愛と大地は言葉を失った。しかし、大地はすぐに我に返ると、怒り続ける空をなだめるように話し出した。


「おい、空。俺は男が好きじゃ無い」

「何それ、言い訳?この人だから好きになったとか言うつもり?」

「嫌そうじゃない。莉愛は女の子だ」

 莉愛は女の子……その大地の言葉の後、三人が沈黙する。沈黙から数秒後、空が困惑しながら口を開いた。

「ん?……えっ……女の人?うそ……だったら……」

 困惑した空が蒼白な顔でブツブツと何かを呟くと、「ごめんなさーい」と叫びながら走って行ってしまった。莉愛は唖然とする大地の背中を押し、空を追いかけるように声をかけたのだった。