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あの日から、続く鬼のような莉愛の特訓。
誰が弱音を吐こうが、血反吐がでるほど、酷使させられる筋肉。
頑張れ、春高本戦まで時間が無い。
出来ることは全てやりたい。
皆の潜在能力を更に引き上げるため、莉愛はデータをノートに書き込んでいく。一人一人の能力を見極め、個別の練習も取り入れた。
莉愛は選手では無いが、すでに狼栄大学高等学校にとって、なくてはならない存在となっていた。
それから数日が過ぎ、春高本戦まで3週間を切った。毎日厳しく辛い練習のせいか、狼栄の部員達がゲッソリとしていた。そんな中、ここから三週間は休み無しだと金井コーチに言われていた。本日が最後の休み、しかも祝日学校も休みのため、莉愛と大地は待ち合わせをして、出かけることとなった。
いあわゆるデートと言うやつだ。
一日を大地と二人で過ごすのは初めてのことで、昨日から莉愛は胸が高鳴るのを押さえるのに必死だった。赤尾にはそのことがバレバレで、昨日の練習中何度もからかわれた。
莉愛は何度か深呼吸を来る返し、大地の待つ駅へと向かった。駅に着き、キョロキョロと当たりを見回してみる。
すると……。
「莉愛、こっち」
名前を呼ばれ、そちらに視線を向けると、Vネックのインナーに、黒のロングコートを着た、私服姿の大地が手を振っていた。いつものジャージ姿とは違う大地に、胸がドキンッと跳ねる。
うわーー!
大地は背が高いからロングコートが良く似合う。周りにいる女の子達が、頬を染めながらチラチラと大地を見ているのがわかる。
「大地私服かっこいいね」
「そうか?莉愛もかっこいいと思うけど?」
あーー。
私は……。
「この身長だから可愛い服とか似合わないし、分からなくて……」
黒のジャケットに白のニットインナーのパンツスタイルの莉愛は、男っぽい自分の格好が恥ずかしくなった。俯く莉愛の耳に、優しく甘い大地の声が響く。
「似合ってるよ」
その声音に鼓膜が震え、思わず耳を押さえた莉愛は、真っ赤な顔で大地を見た。
「莉愛、顔真っ赤……」
イチャつく二人を見ていた回りの女子達から、なぜか「キャーッ!」と悲鳴が上がった。それを無視し、大地は莉愛の手を引いた。
「ほら、行こう」
大地に手を引かれ、莉愛は電車に乗ることとなった。
その様子を、驚愕しながら見つめる、一つにの陰が存在したことを、この時の二人はまだ気づいていなかった。
*
電車に乗り、莉愛と大地はショッピングモールにやって来た。
「わーー。ショッピングモール初めて来た」
「莉愛はこういう所にあまり来ないの?」
「うん。人が多い所はあんまり」
「人混み嫌い?」
「ううん。背が高いから人目が気になるだけ。男女って言われてるんじゃないかって、自然に猫背になっちゃうの」
「そっか、でも今日は俺と一緒だから背が高くても目立たないよ。一緒に楽しもう」
目立たない……。
大地の背は私よりも高い。
そっか……。
周りを見渡すと、女子がこちらをポーッとした顔で見ている。
んーー?
でも、違う意味で目立っているような……。
でも、そうだよね。
大地となら楽しめる。
莉愛は顔を上げると、大地の手を引いた。
「行こう大地。時間がもったいない」
それから私達は服を見たり、雑貨を見たりして、普通のデートを楽しんだ。お昼もショッピングモール内にあるレストランで食事を済ませ、次は何をしようかと考えていたところで、大地が飲み物を買いに行くと、行ってしまった。大地を待っている間、莉愛はショッピングを楽しむカップルや家族が行き交うのを眺めていた。その中に戸惑う女の子と、泣きじゃくる女の子の姿が目にとまった。泣きじゃくる女の子のせいで、どんどん人だかりが出来ていく。莉愛は二人が気になり女の子まで近づくと、小さな女の子の方が、何かを指さしていた。莉愛が女の子の指さす方向に目を向けると、オーナメントに風船が引っかかっていた。それを見ていた人々から、落胆の声が聞こえて来る。
「あぁー。あれは無理だわ」
「脚立とか無いと無理な高さだな」
それが聞こえたのか、小さな女の子が、更に泣き出した。
「うぇーーん。ふうしぇん……っうえ……このちゃんの」
泣いている女の子の隣で、中学生ぐらいの女の子も、困った様にソワソワしていた。莉愛は思わず二人に声を掛けた。
「えっと……大丈夫?きみの妹さん?」
「えっ……あっ……その、違います。この子、迷子みたいで」
「そっか、迷子の子を助けてたんだ。偉いね」
莉愛は中学生ぐらいの女の子の頭を撫でた。すると、ヒュッと息を呑む音が聞こえてきた。
触られるの嫌だったかな?
莉愛は女の子からすぐに離れると、風船との距離を確かめた。
「この高さならいけるかな?」
莉愛は膝の屈伸を使って、飛び上がった。それを見ていた人々が、驚きの声を上げる。
「うおっ、すっげー、髙い」
「すごいジャンプ力」
しかし、それでも風船の糸には手が届かない。莉愛は女の子に謝った。
「ごめんね。届かなかった」
莉愛は眉を寄せ、小さな女の子の前に跪くと、女の子が嬉しそうに笑った。
「おうじしゃまなの……」
「へ……?」
王子様?
「このちゃん、おうじしゃまにあったの、はじめてなの」
ザワつくショピング内の様子に気づいた、女の子の母親だと思われる女性が駆け寄ってきた。
「このは!何処に行ってたの、心配したのよ」
キョトンとする、このはを女性が抱きしめた。
「ママ、おうじしゃまが、たしゅけてくれたの」
莉愛を見た母親が深々と頭を下げた。
「ご迷惑をおかけしてしまい、すみませんでした。ありがとうございました」
「いえ、私は何も……こっちにいる子が……あれ?どこに行ったんだろう?」
先ほどまで一緒にいた女の子は、いつの間にかいなくなっていた。莉愛は首を傾げていると、下の方から悲しげな声が聞こえてきた。
「ママ、ふうしぇんが……」
「風船から手を離しちゃったの?仕方ない、もう一度もらいに行こうか」
溜め息を付く、このはの母親に莉愛は声を掛けた。
「もう一度、取ってみるので、ちょっと待ってて下さい」
「えっ……でも、あの高さじゃ……」
莉愛は助走を付けジャンプした。先ほどより高いジャンプに、周りにいる人々は息を呑んだが、あと1センチという距離で手が届かなかった。ストンと床に降りた莉愛は眉を寄せながら、このはに謝った。
「このちゃんごめんね。あと少しなんだけど、届かなかった」
このはの頭を優しく撫でながら微笑むと、このはの母親が頬を染めながら、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、大丈夫です。こちらこそご迷惑をおかけして、すみませんでした」
このはの頭を撫でる莉愛の元に、大地が飲み物をもってやって来た。
「どうした?何かあった?」
「あっ……大地、風船が取れなくて」
「ん?あれ?」
大地が風船を指さして、フッと笑った。
「莉愛、風船取れたら、ご褒美くれる?」
「えっ……ご褒美って?」
大地の顔が近すぎて、莉愛が一歩後ろに下がった。そんなただならぬ雰囲気の二人を見つめ、回りの空気がおかしな事になっていた。
ザワザワと回りが騒がしくなり、女性達が頬を染めへいく。
「よしっ」
大地が何度か屈伸をすると、その場で床を蹴り上げた。すると、風船の糸に大地の手が届く。
わっ……すごい届いた。
ストンッと床に降り立った大地が、このはに風船を手渡すと、歓声が上がった。
「おおーー。すっげー」
「何だよ、あのジャンプ力」
「キャーー!格好いい」
大地、ホントに格好いい。
莉愛が大地に見惚れていると、大地がいつの間にか、目の前にやって来ていた。
「それで莉愛、ご褒美は?」
大地の顔が近づいてきて、莉愛は焦った。
ちょっ……ご褒美って、ここで一体何をするき……?
真っ赤な顔をして固まる莉愛の顔を見た大地が、プッと吹き出した。
「莉愛可愛い。顔真っ赤」
かっ……からかわれた。
「大地!!」
端から見たら、男二人がじゃれ合っているように見えるのだが、そんな二人にこのはが尋ねてきた。
「二人はこいびとどうしなの?」
その質問に、このはの母親は慌てたように、このはの口を手で覆った。そして、二人が何と答えるのか、固唾を呑んで見守った。
そんな親子の様子に、大地は悪戯っ子のように、にっこり笑う。
「うん。そうだよ」
大地の答えに、回りで耳をダンボにして聞いていた腐女子達から悲鳴が上がる。興奮した女性達が、悶絶する中、先ほど迷子になったこのはを助けていた少女が、青い顔をして莉愛と大地を少し離れた場所から見つめていた。
「うそっ……何で、こんなことに……」
ブツブツと何かを呟きながら、少女は顔を伏せたのだった。