*


 そして本格的に練習が始まった。

「ピッ」

 莉愛の吹くホイッスルに合わせダッシュする狼栄の部員達。

「頑張って下さい。あと一本やったら10分休憩です」

 ダッシュが終わり、汗だくの部員達が体育館の床に倒れ込む。話すこともままならない様子の皆は、肺に酸素を取り込もうと、必死に呼吸を繰り返していた。

「10分経ちました。ダッシュを開始します」

 淡々とメニューをこなしていく莉愛に、やっと呼吸の整った赤尾が止めに入る。

「莉愛嬢待って、もう少し休ませて」

 周りを見ると、立っているのは大地だけで、他のみんなは、床に寝そべったまま、動けずにいた。


「俺もう無理……」

「起き上がる気力無い」

 安齋と熊川が、弱音を吐く。

「犬崎でもこんな練習をしているのか?」

 大地が顎まで落ちてきた汗を拭いながら、莉愛に聞いてきた。

「ん?うちは赤城の大鳥居に向かって駆け上がるダッシュだから、もっと辛いはずだよ」



「「「「「…………」」」」」



 ここでなぜか、皆が沈黙した。


 ……どうしたんだろう?

 
 首を傾げながら皆を見ると、見る見るうちに顔が、蒼白に変わっていく。

「マジかよ……」

「それで、あのねばり」

「決勝戦のねばり、すごかったもんな」

 まだ立ち上がろうとしない、部員達に莉愛が低い声を出した。


「皆さん、あの日の約束覚えていますか?さっさと起きて下さい。ダッシュ始めますよ」


「「「……うっす!」」」



 *


 あの日の約束……それは、莉愛がマネージャー続行を決めた次の日に交わした約束。

「それでは皆さんの目標を聞かせて下さい」

「それはやっぱり春高優勝……かな?」

「そうだな、春高……優勝だよな?」

 なぜ最後が?疑問形で終わるのか……。

 こんなやりとりが、犬崎でもあった。

 本気で、優勝を狙っているのか……と言うような反応に莉愛はイラッとする。


「私は中途半端な気持ちでここに立ちたくは無いんです。皆さんの本気を見せて下さい。皆さんの目標は春高優勝で良いですね?」

「ああ、俺達の目標は春高優勝だ」

 大地が、強い視線を向けてきた。

「分かりました。金井コーチの指導の他に、私の指導についてきて下さい。私に全てを捧げられますか?」

 皆の喉がゴクリと鳴った。

「莉愛に……女王に全てを捧げる」

 大地が跪き、胸に手を当てた。それを見た部員達も同じように跪き胸に手を当てた。

 それは、忠誠を誓う騎士のように……。

 それを見た莉愛は、ジャージをマントのように肩に掛け、顎をクイッと上げると妖艶に笑った。

「負けることは許さない、私に全てを捧げ、勝利を優勝を捧げなさい」

 初めて莉愛の妖艶な微笑みを間近で見た皆の背が、ゾクリと震えた。

 試合でも無いのにコートの上に立っているかのような高揚感。体が疼いて仕方が無くなるような強い衝動。

 それは勝利に向けての武者震い。


「女王に勝利を捧げるぞ!」

 大地のかけ声に、皆が吠えた。


「「「おおーー!!」」」