中継が河野にもどる。
「どうやら鳳凰はこのスピードのある展開のまま進めていきたい様子ですね。一方狼栄はゆっくり試合を進めていきたいといった様子でしたね?姫川さん」
「これは……試合の流れを掴んだチームに分配が上がりそうですね」
「さあ、これからどんな試合が繰り広げられるのか、最終セット第五セットが始まります。第五セットは15点先取した方の勝ち。優勝を手にします。春高の頂点に立つのは鳳凰か、それとも狼栄か、どちらが先に15点をとるのでしょうか!」
実況席で河野が興奮した様子で声を荒げていた。
審判のホイッスルで第五セットが始まった。
鳳凰の八屋がサーブを打つ。八屋のサーブはフローターサーブだ。フローターサーブは無回転のため急激に変化するサーブ。そんなフローターサーブの軌道を詠み、大澤がトサカの様な髪を乱しながら体勢を低くし、手首の近くにボールをなんとか当てるが、急激に変化したボールに体勢が崩れボールは大きく後方に飛んでいく。それでも諦めず、尾形が走り手を伸ばした。
とどいた!
そのボールにタイミングを合わせ、なんとか安齋がスパイクで返す。
ホッと一安心するも、すぐさま鳳凰の豪からスパイクが飛んでくる。
ダメ!
ここは死ぬ気で上げて!
そう莉愛が祈ったが、ボールは無情にも床に沈んだ。
そこからまた、早い展開で点の入れあいが始まってしまう。
お願いだから焦らないで……これでは第三セットと第四セットの二の舞だ。
そう思いつつも、この早い展開を止める術も無く、試合は進んでいき気づけば10-9となっていた。交互に点を取る今の現状では鳳凰に追いつけず、このまま負けてしまう。
その時、金井コーチからタイムアウトの指示が出た。金井コーチの口から長い溜め息が漏れる。
「はぁーー。お前ら……あれだけ言っただろう。焦るなと、ボールを良く見ろ。いつものお前達の良さが何も出ていないぞ。このまま負けるつもりか?分かったら焦るな。いいな」
「「「うっす!!」」」
金井コーチの話が終わると、皆の視線がこちらに向けられ、莉愛は一歩前に出た。
「皆さん覚えていますか?犬崎高等学校と戦ったときの事を……思い出して下さい。犬崎は粘って粘って粘り抜いた。そして皆をあそこまで追い詰めた。追いかけられるのは怖いんですよ。追いかけ追い詰められる苦しさを鳳凰に味合わせて下さい。無様な試合は許さない、死ぬ気でボールを上げなさい。出来るでしょう。」
莉愛の言葉に、皆の気持ちが一丸となる。
「「「うっす!!」」」
タイムアウト終了間際、中継の河野がこれからの展開を思案し声を上げる。
「さあ、ここからどう試合が動くのか。それとも、このままの早い展開で、鳳凰が勝利を手にし二連覇を達成するのか10-9鳳凰学園、野田のサーブから始まります」
野田が冷静に周りを見て深呼吸すると、狼栄コートに向かってサーブを打ち込んできた。それを綺麗に安齋がレシーブで上げ、赤尾の元に……そして大地へ。
「ドンッ」という大きな音を立ててボールが転がる。
10-10ここからだ。
今度は赤尾が床にボールを何度か突くと、スッと酸素を肺に運んだ。一瞬目を瞑った赤尾が目を見開き、それと同時にボールを高く上げると鳳凰コートに打ち込む。サービスエースとはならなかったが、赤尾の強烈なサーブに鳳凰の体勢が崩れた。しかしキャプテンの高田が口角を上げすんなりと上に上げる。
上手い。
あの体勢からあんな風に上げられるなんて……普通ならなんとか上げて、こちらのチャンスボールになる所なのに。
それを見た豪が嬉しそうに高くジャンプし、スパイクを叩く。この二人、性格的に合わなそうに見えるのに、強い絆で結ばれている。楽しそうに豪快にスパイクを打つ、豪を高田が満足そうに見つめている。
そんな二人を見つめ、莉愛は両手を握り絞めた。
さすがは昨年の優勝校だ、すんなりなんて勝たせてくれない。
お願い、誰かこのボールを上げて!
豪の強いサーブをがまた、床に叩き付けられる……そう思ったその時、リベロの熊川が強烈な豪のスパイクを上に上げた。熊川は豪の強いスパイクの衝撃から後ろにゴロンと転げた。しかしボールは綺麗に上がり赤尾の元へ「シャー!」と熊川の声が響く。それを聞きながら赤尾が口角を上げフェイント。豪のスパイクを止められたことに唖然としていた鳳凰は赤尾のフェイントに対し動くことが出来なかった。
「ピッ」
ホイッスルと共に狼栄に得点が入る。
中継の河野が興奮して立ち上がる。
「10-11狼栄ひっくり返したーー!!狼栄の熊川、竹田のスパイクを見事に上げました。そして赤尾のフェイント、素晴らしい頭脳プレイ。いやー、すごかったですね姫川さん」
「はい。竹田のスパイクを上げた熊川もすごいですが、あれをフェイントで返した赤尾もすごかったですね。普通にトスで大崎に上げていたら取られていたかもしれません」
10-11で狼栄が逆転して、莉愛はホッと安堵から息を吐いた。
この流れのまま一気に行きたい。そう思ったとき、鳳凰側がタイムを取った。向こうもこの空気を断ち切りたいのだろう。狼栄的にはこのままゲームを進めたかったが仕方が無い。しかしこれでまた向こうに有利に事が運ぶのを見ている訳にはいかない。
ベンチに戻ってきた選手達を莉愛は見つめた。息を切らし、何度も汗を拭う選手達に向かって莉愛は腕を組みフッと笑う。
「みんな情けない顔をしてるわね。ほら、上を向きなさい。あれだけ努力をしてきたのよ。結果が出ないわけが無い。一歩でいい踏み込んで、ボールを上に上げなさい。私達の手で勝利をつかみに行くよ。勝利はもう目の前、さあ行きなさい。我が手に勝利を!」
「「「うっす!!」」」
そんな莉愛と選手達の様子を見つめ金井コーチが口角を上げた。
「行ってこい!」
「「「うっす!!」」」
私はここから応援し、見守ることしか出来ない。それを歯がゆく思ってしまう。それなら選手として立てば良いと言う人もいるだろう。しかし、今更女子チームに入り選手としてコートに立ちたいとは思わない。私はここで……この場所で、このベンチの前で皆を見守りたい。
大地達の背中を見つめ莉愛は願う。
もう少しだけ私に力をかして、頑張れみんな。
あと4点……。
狼栄から鳳凰学園へサーブ権が移る。
セッターの高田から、ジャンプサーブを繰り出される。豪のような驚異的なサーブでは無いが、強豪校にふさわしい強いボールが狼栄大のコート目掛けて飛んでくる。
お願い上げて!
熊川が綺麗にボールを上げた。それを赤尾がトスで上げ、大地に……そう見せかけて尾形へ。
大地のスパイクより劣るが、強い正確なスパイクが鳳凰のコート目掛けて落ちていく。
いけーー!!
狼栄を応援する皆が、ボールに祈りを込める。
しかし、それを「よっと」と言うかけ声と共に島野が器用にレシーブで上げる。
それを高田が嬉しそうに口角を上げ、上に上げる。
来る!
豪の強いスパイクを警戒し、皆が緊張の糸を足り詰め、一歩半後ろに下がった。その時、スパイクを打ってきたのは野田だった。豪の強く豪快で伸びるスパイクとは違い、弱いスパイクだったがそれは狼栄のネット前に沈んでいた。
そんな……。
やっと逆転したというのに、すぐに同点となってしまう。
11-11。
次は狼栄の安齋からのサーブなのだが、顔を蒼白にしながら安齋がボールを床に突いた。現在安齋の頭の中はこのサーブを失敗したらどうしょうかと、そんな事ばかりが巡っていた。ボールを床に突いた指先が冷たく感覚が無い。こんな状態でサーブを打ったら……。失敗するイメージしか湧いてこない。
どうする……。
心臓の音がやばい。
なんだこれ……。
安齋が震える手でボールを手にしたとき「ナイスサー」熊川の声が響いた。顔を上げると熊川がニッと口角を上げ親指を立てている。それに合わせるように皆の声が次々に聞こえてきた。皆が安齋を見つめ親指を立てたり、胸を叩いたり、右手を突き出したりと合図をくれた。
皆がついている。
そうだ……俺は一人で戦ってるんじやない。
先ほどまで感覚が無く、冷たくなっていた安齋の指先に血が通っていくのがわかった。
大丈夫だ。
やれる。
安齋はボールをもう一度床に突き、ボウルを持つ手に力を入れ鳳凰に向かってサーブを打ち込んだ。
「「「ナイスサー」」」
みんなの声が聞こえてきて、無事にボールが相手のコートに入ったのが分かったが、ここで気を抜いている場合ではない。ボールはまだ体育館の広い空間を彷徨っているのだから。
鳳凰コートで大きく跳ね上がるボールを見つめ、安齋は自分の定位置でレシーブの構えでボールを待つ。
先ほどは竹田豪のスパイクが来ると思い込み、後ろに下がったが今度はどうすれば良い?
竹田が来るのか、それとも違う奴が打ってくるのか……。
ボールに集中し姿勢を低くする。
竹田が床蹴り高くジャンプしたのが見えた。竹田が来るのか?そう思い視線をさまよわせれば端で動く人物に安齋は反応した。
竹田はおとりで、スパイクを打ってきたのはまた野田だった。
同じ手が通じると思うな。
安齋は走り出し、床を滑るようにして右手を前に出しギリギリでボールを上に上げた。上がったボールに合わせて赤尾がトスを上げたのは、今ボールを上げ床で転がっていると思われた安齋だった。すぐに立ち上がった安齋はジャンプしボールに食らいつく。
「いっけーー!!」
ドンッという音と共にボールが床に沈んだが……それは惜しくもラインの外だった。鳳凰から安堵の溜め息が漏れ、安齋の口からは歯ぎしりが聞こえて来そうなほど奥歯を噛みしめているのが見える。
中継の河野が大きな声を上げ、ハンカチで額を拭く。
「12-11ーー!狼栄素晴らしい活躍を見せましたが、ボールは無情にもラインの外に転がって行ったーー!いやーー、惜しかった。あと少しずれていれば得点できたのにと思ってしまいますね」
「そうですね。しかし安齋とても良い動きと判断力、素晴らしかったですね」
狼栄の皆が安齋の回りに集まり肩や背中、頭を叩いていく。
「安齋ドンマイ」
「安齋ナイスファイト」
皆フルセットを戦い、体力は限界に来ているというのに、良い笑顔で笑っている。
12-11と点は取られたものの、いける気がする。
流れはこちらに来ている。
そう思った。
そう思ったのに……。
「ドゴンッ……」
豪のスパイク音と共に、雄叫びのような声が体育館に響き渡る。
「うォォォおっし!!」
ここで13-11と点差が開いた。
豪が勝ち誇ったように、莉愛に向かって右手を突き出してきた。
莉愛はそんな豪から視線を逸らし無視をする。
素っ気ない莉愛の様子に、豪はくくくっと喉を鳴らした。
次は大地のサーブから始まる。否応なしに大地に期待が集まる。本来この状況下で皆に期待されれば、人間誰でも緊張で震えてしまうだろう。しかし大地の顔にはそんな様子は一切無い。浅く呼吸を繰り返し、楽しそうに口角を上げ、瞳を輝かせる大地。その瞳は獣の様に鋭くも見えるが、少年の様なキラキラと光る光を秘めていて、そんな瞳から目が離せなくなる。
大地……楽しそうだ。
その瞳を見つめていると、大地の端整な顔立ちから滴り落ちる汗を拭う仕草を見せた。時々伏せられる瞳、上気した肌、浅く呼吸を繰り返す。それがやけに色っぽく感じて、女性だけでなく、男性からもゴクリッと唾を飲む音が聞こえてくる。
そんな大地を莉愛も見つめ、高鳴る心臓を押さえる。こんな所で大地の色香にあてられてどうする。しっかりしろと、頭を左右に振る莉愛。
息を吐き出しもう一度大地を見つめ、大地の放つ一球に思いを込める。
この人ならやってくれると信じて……。
そして……。
「ズドンッ」
大地のサーブが鳳凰のコートに大きな音を立てて沈んだ。
13-12。
大地が拳を天井に突き上げると、体育館に歓声が上がる。
「おおおぉぉぉーー!!さすが狼栄の大崎。かっけーー!」
上げていた拳を大地が莉愛に向けると、莉愛もそれに答えるように右手を前突き出した。
その様子を見ていた女子から黄色い悲鳴が上がる。
「キャーー!莉愛様ーー!」
それを見ていた河野が中継を始める。
「大崎は竹田とは違う魅力のある選手ですね。さあ、13-12ここからどうなっていくのか……」
まだまだここからが踏ん張りどころだ。
大地……。
大地がエンドラインの数メートル後ろから構え、ボールを天井に向かって大きく上げるのと同時に踏み出した。グッと床を踏みしめ全身のバネを使うと強烈なサーブが繰り出される。
お願い……もう一点。
大きな音を立てて、床に沈むと思ったボールは肌に当たる、バチンッという音と共に上に上がっていた。
呆気に取られた狼栄の皆の動きが一瞬だけ遅れた。それを鳳凰の高田は見逃さなかった。Aクイックの早い攻撃でボールが狼栄のコートの上を転がって行った。
14-12。
あと一点取られれば鳳凰学園の勝ち。後が無くなった狼栄。
金井コーチが最後のタイムアウトを取った。
先ほどまで良い感じに狼栄に流れが来ていたというのに、一気に追い込まれてしまった。
両手を握り絞めた莉愛に、金井コーチに声を掛けてきた。
「姫川さん申し訳ないのだが、ここで皆に強い言葉をお願いできないだろうか?本来なら私の役目なのだが、姫川さんにお願いしたい」
「でも……私で良いのですか?」
「ああ、姫川さんに丸投げしてと思われるだろうが、今はきみの強い言葉があいつらの力になるはずだ」
私がみんなに力を……。
「分かりました。みんなに力を!」


