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山梨鳳凰学園の竹田豪は準決勝、隣のコートでくり広がられる展開に、目を見開き驚愕した。そして選手達を跪かせ頭を垂れさせ妖艶に笑う女に目は釘付けとなっていた。
あいつは……莉愛とか言ったか?
アップ時のスパイクは凄まじかったな。男顔負けのスパイク……。スパイクを打つあいつは狼栄のジャージを着ている。
どういうことだ?
狼栄は男子校のはずだ。
マンガみたいに女が男と偽って男子校に潜り込んでいるのか?
そんな事が実際に起こりえるのか?
意味が分からない。
大崎大地はあいつが女だと分かっている様子だった。
豪は隣のコートで妖艶に微笑む莉愛の顔をもう一度見つめる。
くくくッ……いいじゃん。
豪は楽しそうに笑った。
鳳凰学園準決勝終了、決勝進出が決まった。
どうやら狼栄も勝ったようだ。
次は決勝戦、ここで勝った方が春高の頂点……全国一位になれる。
くくくッ、あいつらとまたやれるのか、去年は準決勝であいつらと当たって、うちが勝った。今年もうちが勝って、二年連続で全国の頂点に立って見せる。
明日の戦いに思いを馳せ、体育館の廊下を歩く。すると瞳をギラギラとさせた豪の回りを歩いていた人々が、豪から放たれるオーラに怯え、潮が引くように避けて歩いて行く。それを面白く思わない豪が、不機嫌さを露わにすれば、怯えた人々が視線を逸らし、サーッと回りから消えていく。
ふんっ、どいつもこいつも……いつもこうだ。
見た目で判断しやがって。
そう言えば、あいつ……莉愛は違った。
そんな事を思いながら体育館を出て歩いていると、あいつと出会ったホテル前までやって来ていた。会えるわけがないと思っていても期待してしまう。
豪が頭をガシガシと掻いていると、後ろから声を掛けられた。
「あれ……?あなたは鳳凰の竹田豪?」
振り返ると、首を傾げるあいつが立っていた。
「よう。元気だったか?明日は決勝だな?」
「そうですね……」
俺を警戒しているのか、一歩ずつ後ろに下がっていく目の前の女を、俺も一歩ずつ前に出て距離を詰めた。歩道の木が邪魔をしてそれ以上後ろに下がれなくなった莉愛が、真っ直ぐに視線を向けてきた。
強い意思を持った瞳に、吸い込まれそうだ。
丸く大きな黒い瞳に俺が映っている。
こいつは俺から視線を逸らさないんだな。
「おまえ……女なのにどうして狼栄にいる?あいつらは知っているのか?」
「しっ……知ってますよ。春高運営側にも説明してベンチに入っています」
「なんだ。そうだったのか、残念……」
「残念って?」
「あいつらが知らないなら、おまえを脅して、俺のモノにしようかと思ったのに」
「……っ……なっ」
驚き固まる莉愛の顎を、右手で軽く上げた俺は、見開く瞳を覗き込んだ。
「お前……莉愛とか言ったか?俺のモノになれ」
「はっ……何を言っているんですか?」
「俺はあんたが気に入ったんだよ」
俺がそう言うと莉愛が、恐怖からか不安からなのか瞳を潤ませ震えだした。
くッ……可愛いな。
「あんた赤くなって震えて……マジで可愛いな」
唇を莉愛の唇に重ねようと近づけたその時、俺の腕の中にいた莉愛が消えた。そして聞こえてきた低い声。
「竹田豪、勝手に俺のモノに手を出すな」
莉愛を抱きかかえるようにして、大崎大地が立っていた。
俺のモノ?
そうかこの女は、こいつのモノだったか。
それでも……。今までこんなに女に興味を持ったことは無い。
欲しい。
俺のモノにしたい。
「へぇ~。なんだ、大崎の女だったのか。いいね。もっと欲しくなった」
くくくッと俺が笑うと、大崎が睨みつけてきた。
「もっと欲しくなったって?ふざけるな、莉愛は誰にも渡さない」
「へ~。いつもすました顔をしているくせに、大崎もそんな風に感情を露わにするんだな。あっ……そうだ。だったら明日の決勝で勝ったら、あんたを俺のモノにする」
「お前、勝手に何言ってんだ?」
「良いだろ?奪われたくなければ、勝てばいい。じゃあな」
俺は唖然とする二人を残し、背を向けると、右手を軽く振った。
くくくッ……面白くなってきた。