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 第一回戦、愛媛県立朝日商業高等学校との試合が始まろうとしていた。狼栄の選手達はベンチで金井コーチの話を真剣な面持ちで聞いている。

「春高第一回戦、愛媛朝日商業は本大会初出場でデータがほとんど無い。相手が初出場校だからと油断はするな。引き締めていけ」

「「「うっす!!」」」

 その様子を莉愛も皆と同じく真剣な面持ちで聞いていた。金井コーチが話し終わり皆がコートに向かうのかと思いきや、皆が莉愛に視線を向けた。それは何かを期待している目だった。

 何?

 皆の視線にたじろいでいると、莉愛の前で狼栄の選手達が跪いた。

 まっ……まさか、ここでもするの?

 驚き固まる莉愛に、大地が口角を上げた。

「犬崎の皆には了承を得ている。あいつらの分まで勝ちたい。莉愛、勝利のルーティンを」

 大地や皆の願いならやるしかないか。金井コーチも楽しそうに頷いている。

 分かったわよ。今回もなってやるわよ女王様に!

 莉愛は髪をほどきジャージを脱ぐと、それをまるでマントのように肩に掛け、クイッと顎を上げると妖艶に微笑んだ。女王スイッチの入った莉愛を間近で見つめ、狼栄の選手達は背中にゾクゾクしたものを感じた。

「分かりました。私達犬崎の分まであなた達に託します。そして1回戦で負けるなんて県代表の名折れ、分かっているわね。勝って帰って来なさい。ここで負けることは許さない。勝ちなさい。そして私に勝利を捧げなさい!」

「「「仰せの通りに」」」

 そう言って女王に頭を垂れる狼栄の選手達の様子を見ていた東京体育館にいた人々が、どよめいたのだった。



 *


 審判のホイッスルで試合が開始された。

 最初のサーブ権を得たのは狼栄大学高等学校だった。いつも無表情な尾形壮のジャンプサーブが、朝日商業のコート目掛けて飛んでいった。

「バシンッ」

 サービスエース!

「ナイスサー」

 まずは1点。

 それから尾形がもう一度、ジャンプサーブをくり出した。しかしそれを朝日商業のリベロが綺麗に上に上げてきた。それをセッターが上げ、朝日商業のエース宮内へ繋げられた。アタックラインの後方から宮内が狼栄コートに向かってボールを打ち込んできた。それは狼栄のコートに沈んでしまう。やはり春高、県の代表としてこの舞台に立っている人達だ。一筋縄ではいかない。簡単に勝たせてもらえるわけが無いのだ。それでも私達が上に行く。

 楽しそうにボールを上げる狼栄の選手達。

 そして最後に決めるのは大地だ。

「ズドンッ」

 大きな音を立てて、ボールが相手チームのコートに転がって行った。

 1回戦、第一セット21-25第二セット19-25狼栄大学高等学校が勝利した。

 それから危なげなく狼栄大学高等学校は勝利していった。

 2回戦、3回戦と突破し、4回戦準々決勝。東京都青藍(せいあい)高等学校との試合が始まった。

「ここまであっという間に駆け上がって来てしまったけど、気を抜いてはダメよ。ここからが本当の勝負。4番セッターの鷲野(わしの)の頭のキレは計り知れないわ。今回の試合は頭脳戦になる。赤尾さん、今回の試合はあなたに掛かっているわ。さあ行きなさい。そして私に勝利を捧げなさい」

 第一セット、青藍の鷲野が狼栄を振り回した。小馬鹿にしたように狼栄の選手達を右へ左へ振り回し、体力をすり減らしていく。思うように動くことの出来ない大地は焦りを見せた。

 鷲野が楽しそうに口角を上げる。

 こちらを挑発しているのだろう。

 第一セット16-23青藍のリード。

 ダメ!ここで焦っては、相手の思うつぼだ。

 ここで金井コーチがタイムをい入れる。

「随分鷲野の策略にはまっているな。赤尾回りを良く見ろ、大地を活かせ。こちらは早さで勝負を賭けるぞ」

「「「うっす!」」」

 莉愛がノートから顔を上げた。

「鷲野は頭が切れるので、その上を行かなくてはダメです。スピードのある攻撃で鷲野の考える隙を与えないで。赤尾さんカギはあなたです」

 ここから狼栄の反撃が始まった。

 赤尾と大地の見事なコンビネーションの他、安齋の手の長さを活かしたブロック、ミドルブロッカーの大澤が左右にコート上を走り回り、鷲野を翻弄した。青藍の形が少しずつ崩れていく。

 いける!

 24-26ものすごい勢いで追い上げた狼栄は第一セットを取った。



「シャーー!!」


 雄叫びを上げたのは赤尾だった。


 第二セット開始。

 赤尾と大地の速攻が決まる。二人のコンビプレイに鷲野が奥歯を噛みしめた。

「くそっ!」

 悔しそうな鷲野の声が聞こえてくる。


 そして……。


「ピピーー!!試合終了」


 22-25で狼栄大学高等学校勝利。


 準決勝、埼玉王蘭(おうらん)高等学校との戦い。この学校には196センチ超絶の壁と言われる11番佐野裕仁(さのゆうじん)と12番佐野裕斗(さのゆうと)の双子の壁が存在する。この双子による鉄壁の壁を抜かなくてはならない。

 金井コーチも佐野兄弟の壁を警戒して、皆に注意を促した。

「11番と12番の双子の壁に注意しろ。今日の試合はあの双子の壁を越えない事には話しにならない。双子の動きをよく見て動くんだ。良いな」

「「「うっす!!」」」


 金井コーチに返事をした選手達が莉愛に視線を向けた。莉愛は、スッと息を吸い込むと、凜とした声で皆に言葉を掛けた。

「双子の壁は狼栄と……大地との相性が悪いです。それでも私は信じています。皆が勝つと……私に勝利を捧げてくれると。さあ行きなさい。私に勝利を捧げなさい」

「「「仰せの通りに!」」」


 第一セット、大地のスパイクが炸裂する。しかしそれを、双子兄弟がブロックで阻む。何度大地がスパイクを打っても、全てのスパイクがブロックされる。まさに双子による鉄壁の壁。

 それでも狼栄は何度もスパイクを双子の壁に向かって叩き付ける。

 大地でも崩せない、その壁に観客達から溜め息が漏れる。

「ここで第一セット終了か……25-11か狼栄やばくないか?」

「狼栄が11点しか取れないなんてな。ここで敗退かな?」

「まあ……良くやったよな」


 ここで終わる……。

 莉愛は奥歯を噛みしめた。

 ここで敗退……そんな事はさせない。

 必ずこの壁を崩してみせる。


 第二セット22-20なんとか王蘭高校に食らいついているが追いつくことが出来ないままここまで来てしまった。あと三点取られれば狼栄の負けだ。

 このままでは双子の壁を突破することは出来ない。そろそろあれを試してみる時かもしれない。

 莉愛は金井コーチに目配せをしてタイムを入れる。

 自分たちのプレイをさせてもらえない苛立ちから、ベンチに帰って来る皆の顔が険しい。そんな選手達を見た金井コーチが溜め息を付いた。

「お前達は落ち着け。何て顔をしてるんだ。双子の動きをしっかり見て動け。ここからだぞ」

「「「うっす!!」」」


 しっかりと返事をした選手達だったが、困惑の色が表情に滲んでいる。そんな表情のまま、莉愛に救いを求めるように視線を向けてくる選手達。そんな選手達に莉愛が微笑んだ。

「そんな顔をしなくても大丈夫よ。大地あれをやってみてくれる?赤尾さんも良い?」

「そろそろだと思ってたよ」

 赤尾が嬉しそうに笑った。それを見た大地も口角を上げた。

「ああ……もう良いのか?」

「ええ、双子の鉄壁の壁、ぶち抜いてきなさい」

 妖艶に笑う莉愛に向かって、大地が跪いた。

「仰せの通りに」



 *



 タイムが終わり選手達がコートに立つ。そして王蘭高校からサーブが放たれた。それを熊川が上げ、赤尾の元にそれを大地へと繋いだ。いつもと変わらない攻撃のように見えるが、今回の攻撃は今までのものとは全く違った。

 大地の放ったスパイクが王蘭高校のコートに決まる。

「ズドンッ」

 呆気に取られた双子は、自分たちの後ろに転がるボールを見つめた。

「あれ……?」

「なんで……」

 双子の当惑した声が聞こえてくる。

 そこからは「ズドンッ」「ズドンッ」と大地のスパイクが決まっていった。

 応援席から声援が飛ぶ。

「「「狼栄ガンバーー」」」

「すげーまた決まったぜ」

「何だよ。あの滞空時間」

 そう観客の声から分かるように、双子対策として私達は滞空時間を利用した鉄壁の壁崩しを試みた。それは双子と一緒にジャンプしても滞空時間の違いから、双子の壁が崩れてから放たれるスパイク。それは普通の人が頭で分かっていても実際にここまで長い滞空時間を保つことは難しい。普通の人間はどんなに高くジャンプしても重力に負けて着地してしまう。現に双子が大地の滞空時間に食らいつこうと必死になっているが、全く重力に逆らえずにいた。
 
 そして22-25第二セットを取ったのは狼栄だった。

 迎える第三セット。

 そこからはあっという間だった。大地の滞空時間を使ったスパイクや、通常のスパイクなどを赤尾が匠に操り、ゲームメイクしていけば点差は開いていく。面白いようにスパイクが決まり、大地の顔が生き生きとし始める。

 苦戦していた第一セットがウソのようだった。

「ズドンッ」

 大きな音をたててボールが王蘭高校のコートに沈み、ホイッスルが鳴り響いた。

「第三セット18-25勝者狼栄大学高等学校」


「「「シャーー!!」」」


 準決勝を制したのは狼栄大学高等学校だった。