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 一月、私達は東京体育館の舞台に立っていた。莉愛は犬崎高等学校の生徒であって、狼栄大学高等学校の生徒では無い。しかし昨日、金井コーチから狼栄のジャージを手渡された。

「あの、これは……」

「これで莉愛も俺達の仲間だな」

 大地が右手の拳を突き出すと、皆も拳を前に突き出した。それから皆の視線が莉愛に集まる。

 私もこれで仲間……。

 嬉しくて胸が熱くなる。

 放心状態から瞳を瞬かせると、莉愛も皆と同じように右手の拳を突き出した。そして頭を下げる。

 
「ありがとうございます。これを着て観客席から応援しますね」

 もらったジャージを握り絞め、そう言うと皆がキョトンとした顔をした。

「姫川さんもベンチに入るんでしょ?」

 えっ……?

「いや、それは無理ですよ。私は狼栄の生徒では無いですし」

 チラリと金井コーチに視線をやると、楽しそうな顔をしたコーチが私の背中を叩いてきた。

「姫川さん、今回は特例でベンチに入る許可をもらった。きみもベンチに入ってもらうよ」

「うそ……。本当に……?」

 金井コーチの言葉に、狼栄の皆が喜びの声を上げた。

「「「よっしゃーー!!」」」



 *



 本日、各県で一位となった王者達が、東京体育館に集結していた。明日から始まる春高バレーに向け、皆が興奮し、目を輝かせていた。どの学校の選手達も自分たちが負けるなんて思っていない。

 そう、私達だって……。

 東京体育館の場所を確認した私達は、今日からお世話になるホテルへと向かった。負ければ即、チェックアウトして帰る事になる。少しでも長くここでお世話になっていたい。

 夕方になり、莉愛は外に出た。大地に散歩に誘われたのだが、少し早く出てきてしまったようだ。ホテルのエントランスから出て歩道に出ると、お洒落な格好の人々が足早に歩いていた。

 東京の人は普段もお洒落なんだなー。

 東京の何の変哲も無い風景を眺めていると、その中に一人大きな体躯に赤髪の男子高校生が、キョロキョロと辺りを見回していた。

 どうしたのかな?

 ジャージの背中に学校名が入ってるし、高校生だよね?

 赤髪で目つきの悪い男子高校生は、何やら困っているのか、誰かに声を掛けようとしている様子だった。しかし、男子高校生の容姿のせいか、誰も目を合わせること無く、足早に通り過ぎていく。莉愛はそんな男子高校生を放っておけずに近づいた。

「あの……大丈夫ですか?何かお困りですか?」

 声を掛けてみると、男子高校生はハッとしたような顔をして、莉愛を見つめた。

「あんた、俺が怖くないのか?」

 ?

 いきなりなんだろう?

 私の回りは、常に背の高い人達ばかりだ。

 目の前の男子高校生が大きくてもそんなに気にならない。

「えっと……怖くは無いです。それにあなたは怖いことをしてないですよね?」

「まあ、そんな事しないんだが」

「やっぱり、怖くないですね」

 そう言って莉愛が笑うと、男子高校生がスッと目を逸らし、頬を掻いた。

「それで、どうかされたんですか?」

「ああ、自分の泊まっているホテルに戻りたいのだがスマホを忘れて、仲間ともはぐれて……道を尋ねたいのに、こんな見た目の俺では、誰も目を合わせてくれなくて困っていた」

「そうだったんですね。今スマホで調べますね」

 莉愛は持っていたスマホを取り出し、男性の言うホテルを調べた。すると、ここから歩いても10分もかからない所にあることが分かった。

「そうか、ありがとう。助かった」

「お役に立てて良かったです」

 そう言って莉愛が笑うと、男性がいきなり莉愛の顎を軽く掴んで上に上げた。

「やっぱり……あんた……女?」

 えっ……初めて出会った人に、女だと言い当てられたのは初めてで、莉愛はドキリとした。顎を掴まれたまま莉愛が固まっていると、突然体が後ろに引かれ、何かに包まれた。

「お前、何をしている?」

 いつもより低い声だが、顔を見なくてもこの声の主は分かる。

「大地?」

 いつもより低い大地の声に莉愛が驚き振り返ろうとするが、大地にがっしりと肩を抱かれたまま動けない。男子高校生と大地がにらみ合いピリピリとした空気が漂いはじめた。歩行者達が何事かと、こちらを見ているのが分かる。こんな所でもめ事を起こして、何かあったら大変だ。春高出場停止なんて事も……莉愛を包み込んでいる大地の手を優しく叩いた。すると大地がハッとしたように目を瞬かせた。

 莉愛が心配そうに見つめていることに気づいたのか、大地が柔らかな表情で微笑んだ。大地のその表情に、目の前にいた男子高校生が驚きつつ声を掛けてきた。

「お前、狼栄の大崎だよな?」

「ああ、そっちは鳳凰学園の竹田豪(たけだごう)だな」

「へーー。そいつお前の何?随分大事そうだな。まあ、どうでもいいが……今年はブロックが違うから決勝まで当たることは無いな。そこまで狼栄が勝ち進めればの話だがな」

「はぁ?勝ち進むに決まっているだろう」

「くくくっ、途中で脱落するなよ」

 そう言いながら、意地悪な笑みを浮かべ竹田豪は走って行ってしまった。

 莉愛が呆然と竹田の後ろ姿を見つめていると、大地が声を掛けてきた。

「莉愛大丈夫?あいつに何かされなかった?」

「ううん、何も……。道を聞かれて教えただけ」

「……道を教えただけで、どうして竹田に顎を掴まれるあの状況になるの?俺が来てなかったらどうなってたか」

「どうにもならないよ」

「どうして、そう思うの?竹田は莉愛を見てたよ」

「私を?」

 そう言えば、ジッと見つめていた。

「そう言えば、初めて会った人に『女か?』って聞かれたの初めてかも……」

「竹田は莉愛が女の子だって気づいたの?」

「うん」

「っ……」

 言葉に詰まった大地が、莉愛に気づかれないように、苦虫を噛み潰したような顔をした。