「――――ソフィア」


 アーネスト様の声が木霊する。身体の芯まで凍えるような冷たい声だ。けれどそこには、激しく燃えるような怒りの感情が内包されている。
 ソフィア様は目を見開き、その場で静かに震えていた。


「妃同士に優劣はない――――皆等しく、俺の『所有物』だ。そのことはそなたも知っているだろう?」


 アーネスト様はそう言ってソフィア様を冷たく見下ろす。その場にいる全員が、静かに息を呑んだ。


「陛下……それは、そのっ…………」

(アーネスト様は普段なら『所有物』なんて言い方は絶対にしない)


 平民出身のわたしを人として――――まるで対等かのように扱ってくださるお方だ。契約妃のわたしなんて、数ある道具の一つでしかない。それなのに、本当に大事にしてくださっている。

 彼があんな言い方をしたのは、ソフィア様の心を折るために他ならない。

 ソフィア様はいつだって『自分が一番』だ。それ故、わたしを事あるごとに貶める。
 だけど、アーネスト様の所有物である『妃』を貶めることは、アーネスト様自身を貶めることだ。それが例え、平民出身のわたしであったとしても――――そう気づかせたかったのだろう。


「わっ……わたくしは、ただ――――陛下の評判を落とすような真似はするなと――――そう注意をしたかったのです! この場にいる誰よりも美しくあること、それが妃であるわたくし達の責務でございましょう? この娘はその義務を果たしていない。それが腹立たしくてならなかったのです! 金剛石だって、わたくしが差し上げたものがございましたのに――――」

「そのことならば、そなたが案ずることはない。金剛石は今夜この場で、俺からミーナに授けるつもりだった。それに……そなたは知らないようだが、金剛石は決して醜い石ではない」


 そう言ってアーネスト様は、チラリと後を振り返る。すぐさま、ロキがこちらに向かってやって来た。彼はベロア生地の箱を大事に抱え、恭しく跪く。アーネスト様は箱の中身を手に、ゆっくりとわたしの方を向いた。


「ミーナ、ここへ」

「はっ……はい、陛下」


 言われるがまま、アーネスト様の前で膝を折る。それからアーネスト様は、ゆっくりとわたしの頭に手を伸ばした。
 ずっしりとした重み。許可が出てから顔を上げると、周囲からわっと感嘆の声が上がった。


「まぁ……! なんて美しいの」
「こんな見事な宝石、見たことがありませんわ」
「素敵なティアラだこと――――ミーナ様にとても似合っていらっしゃるわ」


 湧き上がる称賛の嵐。何が何だか分からないまま、わたしはアーネスト様を見上げる。


『ごめん、本当は二人きりの時に渡したかったんだけど』


 さっき出来上がったばかりなんだよ――――アーネスト様がそう小声で囁く。言葉で表せない感情が胸に広がって、目頭がツンと熱くなった。


「なっ……! これが……この石が『金剛石』だと仰るのですか⁉」

「その通りだ。他のどの石よりも硬く、瑕のつけられない石。磨かずとも光る他の宝石の原石とは違う。けれど、金剛石は己で己を磨くことが出来る。磨けば磨くほど、美しくなる。そうして、どの石よりも強く、眩い輝きを放つ宝石だ」


 アーネスト様はそう言って、わたしに向けて微笑む。その瞬間唐突に、アーネスト様と金剛石について話をした時のことを思い出した。


 『こんな石でも磨けば光るだろうか』


 くすんだ金剛石を手に、そんなことを呟く――――ソフィア様に『お似合いだ』と言われたことを思い悩むわたしに、アーネスト様は『あまりにも言い得て妙だなぁと』仰った。

 あの時は馬鹿にされたと思っていた。ちっとも輝かない石がわたしに似合っているんだって。
 けれど、本当は違ったんだ。


『金剛石は己で己を磨くことが出来る。磨けば磨くほど、美しくなる。そうして、どの石よりも強く、眩い輝きを放つ宝石だ』


 泣きたくなるのを必死で堪えながら、わたしは真っ直ぐ前を見据えた。
 磨けば光ると――――そんな風に思ってくれたアーネスト様の期待に応えたい。誰よりも強く、美しくなりたいとそう思った。


「そっ……そんな…………わたくしは…………」

「分かったら、そなたはもう黙っていなさい。これ以上俺を怒らせるようなら、いくら宰相の娘とはいえ容赦はしない――――そう心得よ」


 アーネスト様はそう言って踵を返した。固唾を飲んで事態を見守っていた会場の人々が一斉に頭を下げる。わたしもエスメラルダ様に倣って、ゆっくりと頭を下げた。胸が熱い。他の人が顔を上げたと分かっていても、そのまましばらく、顔を上げることが出来なかった。