それを合図に顔を上げた店長は、左手の甲に自分の顎を乗せ、こちらを見る。

「俺、多分今日のこと、一生忘れないと思う」

 本望だと思った。きっと近い将来、わたしたちの縁は切れる。でもこの人は今日のせいで、わたしのことを忘れないでいてくれる。たとえそれが、大きなダメージを受けたという負の記憶だとしても。思い出さずとも、忘れないでいてくれる。こんなに嬉しいことは、他にない。

「そりゃあ忘れられませんよね。休憩時間に無理矢理ピアスホールを開けさせるスタッフのことなんて」
「崎田さんも多分、一生俺を忘れないでしょ?」
「え?」

 急な問いに、ばくんと心臓が跳ねる。少し引き始めていた耳の痛みが、鼓動に合わせてぶり返してきた。

「半永久的に残るピアスホールにピアスを入れるとき、そこを掃除するとき、髪を耳に引っかけるとき。そういえば昔、店長に開けてもらったなーって。きっと思い出すと思うよ」
「……ですね。きっと。訴えないでねってしきりに言っている様子まで、思い出すでしょうね」
「それは忘れてくれていいかな」

 そう言って、ようやく穏やかな笑顔を見せた店長の、左手薬指の指輪が、蛍光灯の灯りで鈍く光っていた。