この日は本の買い取りがやけに多く、一レジでは武田さんが一般書、二レジでは金原くんが文庫本、三レジではわたしがライトノベルの買い取りをし、それぞれがアルコール消毒や値付けをしていた。

 買い取りも販売も少なくなる夜は、買い取り後、速やかにクリーニングをし、それを売り場に出しに行く。
 そしてそのまま品出しや棚の掃除、在庫整理をするのがいつもの流れだった。

 レジカウンターには必ずスタッフひとりが残り、来店があれば「いらっしゃいませ」を言い、それを聞いた他のスタッフがやまびこのように「いらっしゃいませ」を言うから、一番奥の棚にいても、来店は分かる。
 もし販売や買い取りが立て続き、ひとりでの対応が難しくなれば、店内アナウンスで呼び出すため、みんな気兼ねなく各所に散っていた。

 最初に金原くんがレジカウンターを出て行き、続いてわたしも、武田さんに声をかけてからライトノベルの山を抱えて売り場へ出た。

 うちの店ではライトノベルの動きは比較的にぶい。買い取りはあっても販売は少なく、常に棚も引き出しもぎゅうぎゅう詰めである。恐らくそれはこの店の客層が、ライトノベルにあまり馴染みのないファミリーが多いためではあるが、とにかく決められた棚に今買い取った本を並べなくてはいけない。
 引き出しを開け、棚とにらめっこをしながら考えていると、品出しを終えたらしい金原くんがスススと寄って来て、わたしが抱えたライトノベルのタイトルを覗き見る。

「何か欲しいのあった?」
 聞くと金原くんは首を横に振ったあと、銀縁眼鏡のフレームを人差し指でくいと押し上げた。

「全部読んだ」
「さすが」

 金原くんは無類のラノベ好きで、新刊をほとんど買い揃えているらしい。アルバイト代をライトノベルの購入につぎ込み、それでも読みたい欲が治まらないため、学業が疎かになり、大学を留年したそうだ。

 わたしも本好きとはいえ、読むのは一般小説や実用書ばかりだったから、この店で働き始めてからようやく、ライトノベルのタイトルやレーベルの多さに驚かされた。


 アニメ化もされたというタイトルの、五冊もある第一巻を三冊抜き取り、スペースを空けながら、金原くんに「ねえ」と声をかける。

「わたしもラノベに手を出したいんだけど、金原くん、おすすめを紹介してよ」

 気軽な気持ちで切り出したのに、金原くんは予想外に迷って、低い唸り声をあげた。

「あれ。指差してくれれば、今日にでも買って行こうと思ったのに。難しい質問だった?」
「いや、おすすめが多すぎて困ってる」
「ふふ、悩ませてごめん」
「崎田さんだって、そういうのない?」
「あるよ。わたしも小説とか映画の一番を聞かれたら困る」

 言いながら、在庫過多になっているタイトルの本を数冊ずつ抜き取り、さっき買い取ったばかりの本を空いたスペースに入れていく。
 その間も金原くんはしばらく黙って考え込んでいたけれど、彼の足元の引き出しを開けようと、手を振って合図したところで「じゃあこうしよう」と口を開いた。

「おすすめをリストアップしてくる」
「いいの?」
「いいよ。うちの店にないタイトルも入れていい?」
「いいけど、いいの?」
「いいよ。ラノベの普及に貢献できるなら」
「やった、ありがとう」

 ラノベを読みた過ぎて留年してしまったけれど、根は真面目で、冗談すら言わない彼だ。わたしの気軽な雑談にも本気で付き合ってくれるみたいだ。

 一歳年下の金原くんを、弟ができたような気分で見上げ、もう一度「ありがとう」を言って労っておいた。