「ええと、ここがこうで……」

 数分後、私はピアノの前に座って楽譜をめくっていた。

 電子音声……ヴォーカロイズの人気曲だ。

 私も何曲か弾いたことはあるけど、これは聴いたことしかない。

「へー、楽譜見ただけで弾けんの。すげーじゃん」

 すぐに弾いてみる、と言ったところ、出雲くんは感心した模様。

 私は得意に思ってしまう。

「うん。もちろんゆっくりだけどね」

「いや、それでもすごいよ」

 ピアノ用の椅子に座った私。

 出雲くんはそのうしろに立って、私が楽譜をチェックする様子を覗き込んでいた。

 だけどそこで私はどきっとした。

 うしろから、ふわっといい香りがしたのだから。

 え、これ、シャンプーとかかな。それにしてはしっかり香ってるけど……。

 何故か冷静にそんなことを思ってしまった。

「どう? そろそろいける?」

 なのに出雲くんときたら、ずいっと近寄ってきて、私の頭がくらっと揺れた。

 出雲くんの持つ香り。

 これほどはっきり至近距離で感じられては、冷静でいられるはずがない。

 でも今はピアノだ。BGMだ。

 私は自分を無理やり引き戻して「うん」と答えた。