突然ですが、契約結婚しました。

私も思っていました。あなたも私と同じように、遊び相手としか思っていないって。

「タマちゃん、俺怒ってないよ。だからさ、もう一回ちゃんとやり直そうよ。俺達、いいカップルになれると思うんだよね」
「……ッ!」

いつかと同じ自信ありげな笑みを浮かべて、私の隣に立ったままの彼は、グラスに添えて放置されていた私の手を握った。
瞬間、得も言われぬ嫌悪感が頭のてっぺんから足先までを駆け巡る。

ダメだ。これは本当にダメなやつだ……!
逃げなきゃ。物理的にじゃなくて、もっとちゃんと……心を切り離さなきゃ!
そう思ったら、私は自分でも驚く方へと舵を切っていた。

「結婚するんだ、私」

咄嗟に発せられる語彙の中にこのワードがあったことに、自分が一番衝撃を受けていたと思う。
私の中では、今日から女王様になるのよ! って言うのと同じくらい、縁のない言葉のはずだった。

「けっ、こん……?」
「えぇ、そうなの。ジンくんと出会った頃には既に婚約してたんだけど……彼、忙しい人で。構ってもらえない時間が寂しくて、他の人に埋めてもらってたの。申し訳ないけど、ジンくんもその1人よ」

この世界中どこを探してもいない“婚約者”のことを、私の口はノンストップで話し続ける。

「最低なことをしているのはわかってる。それでも、私の中で1番なのは彼なの。彼のことが大好きだから、バランスが崩れてしまわないように、隙間を埋めることが私には必要だった。そのために、他の人と遊ぶことを選んだの」
「なんだよ、それ」
「ほら……私、あんまり連絡つくタイプじゃなかったでしょう。実はね、その時間はほとんど、彼と一緒に過ごしていたの。婚約者の前で他の男性と連絡とるなんて、出来ないじゃない?」

本当は、仕事に追われていたか別の人と会っていたかのどっちかなんだけどね。
貼り付けた余裕の笑みと空いた方の手で、ジンくんの手を引き剥がした。

立ち止まってはいけない。迷ってはいけない。
執着にも似た気持ちを消し去ってもらうために、今は、どれだけ悪女になれるかが大事だ。

「言い訳をするようだけど……私が軽く考えていたのと同じように、ジンくんにとっての私も遊び相手にすぎないと思い込んでたの。
弄んだつもりはなかったんだけど、結果としてジンくんを傷つけることになってしまってごめんなさいね」

あぁ、我ながら嫌な女。何様なんだっつうツッコミは、自分自身で事足りる。

だけど、この見事なまでのクズっぷりはこの人にとって効果てきめんだろう。
これまでの自信たっぷりな態度からするに、この人はかなり自尊心の高いタイプ。当たり前に手に入れられると思っていた女にここまでコケにされて、食い下がってくるとは思えない。

「そんなわけだから、ジンくんとは──」
「もういい」

私の言葉を、彼が鋭く遮る。