あれはまだ、私が主任の元につく前のこと。独り立ちして、少しずつ仕事にも慣れてきた頃、1人の男性と出会った。
出会いはありがちで、湯浅と、当時はまだお付き合いの段階だった湯浅の夫、村田くんの紹介だった。

村田くんの大学の一つ上の先輩で、6年制の薬学部を卒業して社会人1年目だった彼は、出会った瞬間から真っ直ぐな人だった。
乗り気じゃなくて断ろうとした私に、ご飯だけでも、と湯浅達が食い下がった理由がすぐにわかった。

2人は合うだろうと、それぞれに面識のあった湯浅と村田くんに引き合わせられた私達。4人でご飯に行った日から2人で会うまで、時間は要さなかった。

とはいえ、初めは友達として。私は恋愛をする気はなかったし、それは恐らく彼も同じだった。
会う時は気楽で、お互いに気を遣わなくて、その関係を心地いいと感じて。

『環ちゃんといる時が、俺、いちばん楽かも』
『いちばんは嘘でしょ?』
『なんでこんな嘘吐く必要あるの。嘘じゃないよ』
『そっか。私も、健太くんといる時はわりと素だな』
『わりとって、100%じゃないんだ』
『あはは。それはね、うん』

凪いだ波のような関係性で、私達のお付き合いは始まった。
例えばこれが、どちらかにとって燃え上がるような恋だったなら、私は早々に背を向けて逃げ出していたと思う。

彼との間に明確な名前がついたタイミングで、それまでに関係があった男の人の連絡先は全て消し、夜、1人で飲みに行くこともなくなった。彼との付き合いは、数年続けてきた生き方を変えた。
迷いがなかったと言えば嘘になる。だけど、彼がくれる真っ直ぐな思いは、私に裏切るなんて選択肢を与えなかった。

平日、仕事が早く終わった日には主要駅で待ち合わせて晩御飯を一緒に食べた。休日は、これまた主要駅で待ち合わせをして、一緒に出掛けた。
お互いに一人暮らしだったけど、私が彼の家に行くことが多かったのは、単に彼の家の方がアクセスがよかったからで、彼の家から出勤したことも何度もあった。

24歳。学生のように感情を昂らせることも沈ませることもない安定した関係に、満足していた。幸せ、だったと思う。
ただ、現実を見ずにぬるま湯に浸かっていた、と言われればそれまでだ。

『来週末は予定あるんだっけ?』
『うん』
『どこか行くの?』
『高校時代の友達の結婚式』
『……へぇ。この前も行ってたよね』
『ここのところ、続いてるなぁ。環ちゃんの周りでも、ちらほら出てくる頃じゃない?』