突然ですが、契約結婚しました。

「ごちそうさまでした」
「ん。食器はそのままでいいからな」
「ありがとうございます」

お言葉に甘えて、ローテーブルに食器を置いたままソファーの背もたれに体を預ける。
そういえば、化粧したまま寝ちゃってたな……。もしかしたら今、パンダかも。部屋にメイク落としシートがあるから、後で落とせばいいけど……今、主任にどんな顔を晒してるんだろ私。

「小澤、寝るなら部屋行けよ」
「……はい」
「ソファーだと休まらないだろ」
「……ごもっともです」
「…………」

気のない返事に、遠くで主任がため息を吐いた気配がした。
すみません。申し訳ない。かたじけない。虚ろな頭に謝罪はぽんぽん浮かぶのに、何一つ声にならない。沢山寝たはずなのに、ちっとも回復していないのは、さしてもう若くないから? 

「……ったく。冷えピタ貼っとけって言ったろ」

声が近付いてきた。と思ったのと同時に、骨ばった指が私の額を撫ぜて、その後すぐに冷たい感触が遠慮なく突き付けられた。
びっくりして目を剥くと、近い距離に主任の整った顔。えーっと……?

「あ、やべ。前髪巻き込んだかも」

すまん、と平坦な声色で謝罪が入るけれど、熱に浮かされた私の頭は状況を処理しきれないでいる。
冷えピタ貼られた……のか。主任に? 冷たい。ひんやりする。その冷たさが、妙に気持ちいい。

「最近、急激に冷えたしな。引き継ぎの関係で業務量も増えたし、疲れも重なったのかもな」
「……すみません、主任の方がもっと大変なのに」
「そういう話をしてるんじゃないぞ」

虚ろな目で見上げる形になった主任は、少し困ったように眉を下げていた。

「頑張るのは高尚なことだが、無理はするな。誰でも不調な時はあるもんだ」
「うぅ……面目ない……」
「お前は武士か」

笑い混じりの主任の声は軽い。私の落ち込みを察して、恐らくは明るく接してくれている。
あぁ、どうしよう。誰もいないことが当たり前だった自分の家は、この半年のうちに様変わりした。だけどそれを、心地いいと思う私がいる。

「じゃあ、俺風呂入ってくるから。ちゃんと部屋で休むんだぞ」

ソファーに腰掛ける私の頭に手を置いたのは一瞬。それからすぐに、背中を向けて扉の方へと歩き出した。その姿が、ぼんやりと霞んで朧げに映る。
心に灯る何かがふっと揺らめいた気がして、温かく感じた気持ちにすっと冷たいものが走った気がして。