突然ですが、契約結婚しました。

朝からって、今も朝ですけど。ってことは、今日家で顔を合わせた時から? 主任ともあろう人が、そんなプライベートな発言、こんなところでしちゃっていいの?

「結構しんどいだろ。もう今日は帰って休め」
「いや、でも! 今日、納品いっぱいあるし」
「問題ない。全部俺が引き受ける」

涼しい顔で、何言ってんの。主任だって今日、忙しいの知ってんだから。あんたの足引っ張りたくないんだってば。それに、引き継ぎしたばかりなのに。

「主任の手が3本あっても無理です」
「生憎2本しかないが、何とかする」

私を見下ろす主任は頑なだ。無理だと思っても、主任ならやってのけちゃうんだろう。だからこそ引き下がれない。負けじと見つめ返す。

「不満そうだな」
「不満ですから」
「結構だが、それはお前が元気な時にいくらでも聞いてやる。今日は帰れ」

私の手にあった書類を引ったくって、主任は倉庫に向かって歩いていく。慌てて追いかけようとした1歩目に、力がなかった。

「……すみません」
「謝らんでいいから養生しろ。ひどいようなら病院行けよ」

はい、と答えた声は我ながら弱々しい。そのか細さが熱のせいだけなのか、私にはわからない。

「申し訳ありません、お先に失礼します」
「ゆっくり休んで。お大事にね」

所長に送り出された私は、とぼとぼと帰路についた。



「うわ……熱、上がってきちゃった」

ソファーの背もたれに体を預け、天井を仰ぐ。手元の体温計は、いつの間にか主任が買っていたらしいものだ。家に帰り着いたタイミングで、LI●Eで在処だけが送られてきたので拝借した。

平日昼間の家は、何だか不思議な空気で慣れない。レースカーテンの隙間から日差しが差し込んで、キラキラ眩しい。テレビもつけていない静かな部屋は、いつもより広く感じた。

「ごはん……」

時刻はとっくに正午を過ぎている。ドラッグストアで買ってきた薬を飲むためにも、ご飯は食べなきゃと思うけど……。

「食欲も、冷蔵庫の中身もないなぁ……」

昨日の仕事帰りに買い物に行くつもりだったけど、疲れを言い訳に後回しにしたことが仇となった。それを失念して、ドラッグストアで薬しか買ってこなかった私は大馬鹿者だ。
確か、棚の中に主任が買ってくれていたパックご飯があったはずだけど……。