キッチンから聞こえてきた声に、私は弾かれたように顔を上げた。お肉を冷蔵庫に仕舞い終えた主任は、コーヒーメーカーに豆を入れているところでこちらの様子は見ていない。
「そう、ですね」
ルームシェア感覚で始めたこの生活は、同じ職種ということもあってか案外ペースが重なっていて、当初の見立てよりもずっと、主任との関わりが多い生活になった。利害関係の成り立つパートナーとして、同居人として、いい関係性を築けていると思う。
心地いいと感じる反面、自分にとっては初めてのことばかりで。馴染んだ環境でふと立ち止まった時に、私だけが受け止めきれないでいるような気がするんだ。
それでも、夜に食べたすき焼きは、すごく美味しかった。
ふと目が覚めて瞼を持ち上げると、部屋の中もカーテンの隙間から見える窓の外も真っ暗だった。
「……また、同じ夢」
先月の旅行の後から、同じ夢を何度か見た。
私は傍観者で、先にいる幸せな家族をただ茫然と眺めている。そんな夢だ。決まって、登場人物の顔はぼやけて見えない。
手を伸ばすことも足を踏み出すことも、振り返ることさえ出来ずに眺めて、目が覚めた後はひどい虚無感に見舞われている。
「……やだなぁ」
新しく買い足した毛布をきゅっと胸元に寄せて、ぽつりと呟く。あの日から、心なしか重い。
奥底にしまい込んだ厳重に鍵をかけていた箱が、僅かに開いたままになっているような。
忘れたい。あの日見た光景も、遥か遠い過去の記憶も全部。
幸せな家族なんて、私には縁のないものなんだから。
引き継ぎも順調に進み、11月も終わろうという日。朝礼後、倉庫に向かおうとしたところを主任に呼び止められた。
「何ですか?」
業務連絡なら昨日うちに済ませたはず。振り返ると、主任がいつにも増して険しい顔で立っていた。
通りすがる営業や事務の同僚が少し驚いた様子でこちらを伺っていくけれど、今更私がこの顔に驚くことはない。何なら、結婚前まではこれが通常運転だったんだから。
とはいえ、これまで厳しい顔を見るのも久々なような。小首を傾げると、にゅっと主任の腕が伸びてきた。
「……っ!?」
「……やっぱり。熱あるぞ、お前」
さすがの私も、この行動にはぎょっとする。周りに同僚もいる中で、主任の掌が私の額に押し当てられたのだ。……って、え? 熱?
「朝から顔赤いとは思ってたけど、気のせいじゃなかったか。昨日も調子悪そうだったしな」
「え……と、いや、あの」
「そう、ですね」
ルームシェア感覚で始めたこの生活は、同じ職種ということもあってか案外ペースが重なっていて、当初の見立てよりもずっと、主任との関わりが多い生活になった。利害関係の成り立つパートナーとして、同居人として、いい関係性を築けていると思う。
心地いいと感じる反面、自分にとっては初めてのことばかりで。馴染んだ環境でふと立ち止まった時に、私だけが受け止めきれないでいるような気がするんだ。
それでも、夜に食べたすき焼きは、すごく美味しかった。
ふと目が覚めて瞼を持ち上げると、部屋の中もカーテンの隙間から見える窓の外も真っ暗だった。
「……また、同じ夢」
先月の旅行の後から、同じ夢を何度か見た。
私は傍観者で、先にいる幸せな家族をただ茫然と眺めている。そんな夢だ。決まって、登場人物の顔はぼやけて見えない。
手を伸ばすことも足を踏み出すことも、振り返ることさえ出来ずに眺めて、目が覚めた後はひどい虚無感に見舞われている。
「……やだなぁ」
新しく買い足した毛布をきゅっと胸元に寄せて、ぽつりと呟く。あの日から、心なしか重い。
奥底にしまい込んだ厳重に鍵をかけていた箱が、僅かに開いたままになっているような。
忘れたい。あの日見た光景も、遥か遠い過去の記憶も全部。
幸せな家族なんて、私には縁のないものなんだから。
引き継ぎも順調に進み、11月も終わろうという日。朝礼後、倉庫に向かおうとしたところを主任に呼び止められた。
「何ですか?」
業務連絡なら昨日うちに済ませたはず。振り返ると、主任がいつにも増して険しい顔で立っていた。
通りすがる営業や事務の同僚が少し驚いた様子でこちらを伺っていくけれど、今更私がこの顔に驚くことはない。何なら、結婚前まではこれが通常運転だったんだから。
とはいえ、これまで厳しい顔を見るのも久々なような。小首を傾げると、にゅっと主任の腕が伸びてきた。
「……っ!?」
「……やっぱり。熱あるぞ、お前」
さすがの私も、この行動にはぎょっとする。周りに同僚もいる中で、主任の掌が私の額に押し当てられたのだ。……って、え? 熱?
「朝から顔赤いとは思ってたけど、気のせいじゃなかったか。昨日も調子悪そうだったしな」
「え……と、いや、あの」



