突然ですが、契約結婚しました。

「顔色、悪くないか」

眉間に皺を寄せ……ているのはいつものことだけど、少し訝しげな声色だったのはきっと気のせいじゃない。
う。さすがに鋭いなぁ……。

「大丈夫です。ご心配おかけしてすみません」

ぺこっと頭を下げ、物品を車から下ろそうとドアに手をかけた時、パシッと横から腕を掴まれた。
瞬間、反射的に肩が跳ねる。
振り返ると、すぐに腕は解放された。

(はた)から見て大丈夫な顔じゃない。そんなんでお客様の前に立つつもりか」
「病院に入ったらちゃんとしますから。気にしないでください」
「俺の前でちゃんと出来てないやつが、いきなり切り替えられるとは思えない」

静かな声色で眼光鋭く諭されて、それでも普段なら反駁する気持ちが迫り上がってくる。
だけど今日は、この男の洞察力を認めざるを得ない程度に、返す言葉が見つからない。

こんなふうに指摘される原因は一つしかない。
ここ1週間ほど、電源を入れればほぼ絶え間なく通知が来るスマホのせい。
スマホが鳴る大半は特定の人物によるもので、既読をつけなくても次から次へとメッセージが送られてくるのだ。

一度、アプリ内のアカウントをブロックしてもみたけれど、今度は別のアカウントを立ち上げたようで、イタチごっこになりつつある。

今みたいな生き方をするようになって久しいけれどこんな事態になったのは初めてで、他の(ヒト)と遊びたいと思えないくらいには心が疲弊していた。

「今回は俺1人で行くから、戻ってくるまでに立て直しとけ。次のアポもあるんだろ」
「っ嫌です。仕事に穴を開けたくありません」
「その心意気は買うが、そういうのはコンディションを整えてから言え」

押しても引いても動かないといった様子で、私は言葉をぐっと飲み込んでしまった。

「すみません……」

この男に、使えないやつだって思われたくないのに。ここで食い下がってしまうほど、弱っている自分に腹が立つ。
視線を落として謝ることしか出来ないでいると、物品を車から下ろしながら、横目で主任がこちらを見る気配がした。

「人間なんだから、誰だって踏ん張れない時はあるだろ」

聞こえてきたのは、想像もしなかった言葉。
あまりに予想の枠の外で、私は弾かれるように顔を上げた。

「そういう時に無理しても、いい結果は生まれない。営業は自分でスケジュールを組めるんだから、その利点を活かして適度に息抜きしろ」

目をまんまるにして聞く私の様子なんて意に介さず、主任は慣れた手つきで積み下ろしを進めていく。