季節は11月になり、夏場はブラウス1枚だった仕事着もジャケットが必須になった。

「日々の癒しだったのに〜!」
4回。

「また時間ある時、遊びに来てねぇ」
5回。

「今度ご飯でも行きましょうよ〜!」
6回。

「よかったら連絡先だけでも教えてくださいっ!」
8回。

……何の回数かって? 
主任が担当を外れることになった病院で、主任が看護師さんや職員さんに言われた回数です。

「……俺、主任のこと初めて恐ろしいって思いました」
「初めて? まだまだ甘いね、田辺くん」
「……おい。何こそこそ話してるんだ」

低いところで灰色の雲が空を覆い隠す、火曜日の昼下がり。サラリーマンや主婦で賑わうファミレスで、私と主任、そして入社2年目の田辺くんは注文したメニューの到着を待っていた。

「噂には聞いてましたけど、想像以上でした。医局の主任人気! 返答も、絶妙に沼らせにきてるというか」
「あぁ、わかる」
「おい、沼ってなんだ」

若い田辺くんの言葉に対し、怪訝そうに眉を顰める主任。こればっかりは、私も田辺くんに一票だわ。

今週に入り、本格的に担当エリアの引き継ぎが始まった。エリアを移ることになったのは私ではなく主任で、後任には別エリアを担当していた田辺くんが選ばれた。
担当病院を一度に全て引き継ぐんじゃなくて、私と一緒に持っていた病院だけを先に移して、その後慣れてきたら徐々にエリアから完全に離れるとのこと。私も出入りしている病院なので、挨拶は3人で回っているのだけど……。

『僕も皆さんから元気貰ってました』
『新しい仕事が落ち着いて余裕が出てきたら、また顔出させてもらいますね』
『小澤と田辺も含めて、是非!』

女性陣からのアプローチを慣れた様子で波風立てず華麗に躱すその姿は、会社では決して見せることのないキラキラ笑顔。もはや慣れっこな私はともかく、田辺くんは随分と衝撃を受けたらしい。
そりゃそうだ。同僚の前ではポーカーフェイスの彼の、声を弾ませた姿なんて、想像もできなかったことだろう。
私も、初めの頃は夢でも見てるんじゃないかと思ってたなぁ〜。

「連絡先聞かれてる時なんか、奥さん目の前にいるぞ! って心の中で何回もツッコんでましたよ」
「それはいいが、これからも心の中だけで留めておいてくれよ」
「主任ガチ恋勢相手に、口に出す勇気なんかないですよ〜」

何だそれは、と主任はまたまた眉を顰める。田辺くんの若い言葉選びに、主任はタジタジだ。