突然ですが、契約結婚しました。

「びっくりした。ジンくん、私のこと好きなの?」
「何その質問。気付いてなかったの?」

クッと喉を鳴らした彼は、グラスに添えた私の左手に、手のひらを重ねた。

近い距離で持ち上げられる口端。
切り返されても表情が少しも翳らないのは、彼のルックスが悪くないせいだろうか。

見た目は確かにかっこいいよ。
うん、それは間違いない。だからお気に入りだったんだもん。

でも、本気になられると話は別だ。

「ごめん、ジンくん。もう会うのやめよう」
「……え?」
「申し訳ないけど、私、ジンくんとは程よい距離感でいたかったの」

最低だと、自分でも思う。
好意を示してくれた瞬間に関係を断ち切るなんてどうかしてる。

でも、ごめんね。
鬼と呼ばれても悪魔と呼ばれても、私に本物の恋はいらないの。

肩から下げているお気に入りのバッグから、財布を取り出して千円札を3枚抜く。
テーブルを滑らせ、唖然としているジンくんの前に差し出した。

「ごめんね、今までありがとう。楽しかったよ」

別れの言葉を口にして、振り返ることなく店を出た。
店の扉が閉まると同時に、ハイボールで得た酔いは完全に覚めてしまっていた。

この時の自らの最低な行動を、私は激しく後悔することになる。



「小澤、さっきからずっとスマホ鳴ってない?」

午前中は社内でミーティングがあったため、会社の近くの洋食屋さんで、湯浅とランチの約束をしていた。
お昼時にも関わらず少しの待ち時間で席につくことができ、日替わりランチを注文したタイミングで、向かいに座った湯浅から指摘が入る。

「あー……うん、そだね」
「なぁに、その返事。出なくていいの?」
「うん、大した用じゃない……から」

バイブで響くのを考慮して膝の上に置いていたスマホの電源をそっと落とす。
他の人からの連絡も遮断されちゃうけど、平穏にお昼ご飯を食べるためにはこれが1番だろう。
次に電源をつける時、通知を見るのが怖いけど……。

「あ、そういえば。長野営業所の桜庭、結婚したんだってね」
「え……あ、そうなの? 誰情報?」
「北九州営業の玉井。ほら、あそこ仲良いじゃん? この前連絡取った時、教えてくれた」

私の下手な逃げに怪訝そうな顔をしつつも、湯浅の興味はもう他の話題に移っている。
今の私には、その程よい距離感がありがたかった。



コンビニで適当なお昼を済ませた後、アポイントの時間が重なっていたため、主任と私は、病院の駐車場で待ち合わせることになっていた。
隣の駐車スペースに停め、車を降りて顔を見るなり開口一番。