「おはよう。昨日は悪かった」

朝一番。ソファーで目覚めた私を待っていたのは、主任からの謝罪だった。
あまりにも突然で……いや、それ以前に、今の自分が置かれた自分の状況が飲み込めなくて、思考が停止してしまう。

「不快にさせたし、それを指摘されるまで気付けなかった。俺の咎だ」
「え……と、あの、」
「今後気をつける。今後も何か思うことがあれば遠慮なく言ってくれ。話は以上だ」

一方的に話を切り上げられ、いよいよ頭の中がミックスジュースだ。
主任に謝られた。こんなに面と向かって謝罪を受ける日が来ようとは。……って、いやいや、そうじゃなくて!

「しゅ……主任!」

キッチンへと向かっていく背中を慌てて呼び止める。

「なんだ」
「き……昨日、お店で寝ちゃったところまでしか記憶なくて。……もしかしなくても、主任が連れ帰ってくださったんですか……?」

聞いたものの、答えは2つに1つだ。
一度は振り返った背中が、再びキッチンへと向かっていく。

「さぁな」
「さぁなって……。すみません、ご迷惑おかけして……!」
「いい。謝るな。お前に謝られたら、俺の立場がない」

強い口調で言われて、ぐっと言葉に詰まった。

「いいから、早くシャワー浴びてこい。遅刻するぞ」
「ちこく……って、うわ! こんな時間!?」
「俺は先に出るからな。パン焼いとくから、上がったら食べろ」
「あ、ありがとうございますぅぅぅ」

叫びながらリビングから飛び出していく私の背中に、主任の抑揚のない声が届く。主任は、いつも通りの主任だった。

あんなことがあっても、主任は何も変わらなかった。主任がそのままだったから、私もいつも通りでいられた。
そして、季節は秋へと向かっていく。



「大河んとこ、飲みに行かないか」

ブラウスで夜道を歩くには随分肌寒くなってきた秋の、金曜日の仕事終わり。パソコンを鞄にしまって帰り支度をしていたところ、声がかかった。
振り返ると、既に帰り支度を終えた様子の主任が立っている。

「いいですけど……珍しいですね?」
「たまにはいいだろ。それに、大河がお前も呼べって言うんだ」
「タイガさんが?」

まだ蒸し暑かったあの日以降も、何度かお店には足を運んでいる。が、いつも1人だ。ふらっと立ち寄って軽く飲んで帰るくらいで、わざわざ連れ立って行ったことは一度もない。
それが一体、どういう風の吹き回しか。

「なんでも、渡したいものがあるらしい。予定がなければでいいんだが、どうだ」
「大丈夫です。行きましょう」