突然ですが、契約結婚しました。

「だって、まーくんに聞いたって会社の後輩やったってことしか教えてくれへんやんか」

口をむっとさせて、放った言葉はきっと意識の外で。呼び名が、“真緒くん”ではなく本来の呼び方に戻っていることにも気付いていない様子で。
ふーん。へぇ。そう。まーくん、ねぇ……。

「教えてへんってことは知られたくないってことや。それくらい変換してくれ」
「言われてへんこと汲み取れるような賢さなんか、待ち合わせてへんもん」
「……よぉ言うわ」
「そんなに面白い話もないですよ。元々一緒に仕事してて、気が合ったからお付き合いが始まって結婚に至ったって感じで」
「へぇ! 憧れるなぁ、社内恋愛!」
「あはは、ドラマみたいなこと何もないですけどね」

当たり障りなく、無難な返答を探して答える。穂乃果さんは、チーズケーキをほっぽって体を前のめりにしていた。

「真緒くん、どんな上司だったんですか? 働いてるとこ、全然想像つかんくて」
「それはもう、鬼でした」

脊髄反射で答えてしまった。ふはっと穂乃果さんが吹き出したのと同時に自覚する。

「鬼! 鬼かぁ。それは想像できるなぁ。昔からそうやったもんねぇ。そっかそっかぁ」
「……いらんこと言うなよ、穂乃果」

眉間に深い皺を刻んで、じろりと釘を刺した主任。穂乃果さんはきゅうっと肩を竦めて笑う。
その空気感を、私は蚊帳の外から眺めている。……なんなんだ、これ。

「別に言ったっていいと思うけどなぁ。環さんのこと、初めから目を掛けてたってことやろ?」
「……へ?」

茶化すでもなく、穂乃果さんは真っ直ぐな眼で主任を見つめる。げ、と主任が顔を歪めたのがわかった。

「真緒くん、昔からそうやもん。学生時代にバスケしてたのは環さんも知ってると思うけど……期待してる後輩には、特に厳しくしてまうの。だからいっつも怖がられてて」
「え……」

知らないよ。バスケしてたことも、ましてや、そんな……。

「穂乃果。ほんまに余計なこと言うなって」
「あはは、ごめんごめん。でもこの様子やと知らんかったんちゃう? 環さん」
「え……と」
「……何も答えなくていいから」

そう言って顔を背けたら主任の耳が、心なしか紅色なのは……気のせい?
上司として、厳しく私に接してきてたのは……後輩として期待してくれてたからって、思ってもいいの?

「…………」

どうしよう。嬉しい、かも。
悔しくて、苦しくて、それでも食らいつこうと必死だった。この人の背中を追い続けてきた。その日々が無駄じゃなかったって言うのなら。