突然ですが、契約結婚しました。

それにしても、主任は迷いなく行ったなぁ。多少渋りはしたものの、行くことに対しては疑うこともなく。

「私がお飾りの妻じゃなかったら夫婦喧嘩勃発かもですよーっと」

入り組んだ道ならまだしも、静かな住宅街を辿って来ることなんてわけないはずだ。ましてや、スマホの普及率が95%を超えるこの時代に。
荷物だって、たかだか幼馴染の家に訪れるのに両手いっぱいになるとは考えにくいし、例え旅行の荷物丸ごと持っていたとしても、その気になればコインロッカーに入れることも出来るはず。うちの最寄駅にも、きっぷ売り場を抜けたところに設置されている。

「……どういうつもりなのやら」

ただ幼馴染の新妻を思いやる配慮に欠ける人物なのか、それとも牽制されているのか。或いは……そうすることが当たり前で、当人達がその行動に違和感すら抱いていないのか。
まぁ……3つ目なんだろうなぁ。あの主任があそこまで想いを寄せる人が、そんなイヤな女性だとは考えにくいし思いたくない。そんな嫌な部分を見抜けないような主任ではないと、長く部下をしてきた私は迷いなく言える。

食器洗いを終え、何となく手持ち無沙汰になったタイミングでテレビをつけた。日曜日のこの時間は、どの局もワイドショーばかりでつまらない。
テーブルに頬杖をついてザッピングしていると、玄関の扉が開く音がした。

「ただいま」

何一つ変わらぬ顔でリビングに現れた主任。「おかえりなさい」と言いつつ、意識は自然と彼の後ろに向かった。

「お邪魔します」

ガラス細工のように繊細で澄んだ声が、リビングに響く。主任の陰から姿を見せたその人は、想像していた通りの──それよりも遥かに、

「初めまして、高宮(たかみや)穂乃果です。お休みのところ、無理言って押し掛けてすみません」

身長158cmの私よりも小柄なその人は、棗のように丸い目で視線を真っ直ぐこちらに向けていた。クリーム色のワンピースから伸びる細くて白い腕。会釈した彼女の肩から、ミルクティーベージュの髪がさらさらと落ちる。
主任から、歳は私の2つ上だと聞いていたけれど、そうは見えない。可憐というのは、この人のためにある言葉なんじゃないだろうか。

「初めまして、妻の環です。今日は、遠いところからありがとうございます」

それでも、席から立ち、にっこりと微笑んで言葉を紡ぐ。私だって完璧に演じてみせるわ。主任の妻を!