突然ですが、契約結婚しました。

うわー、よそ行きの顔! 物言いも普段よりずっと柔らかい!
会社では基本的に仏頂面だし、営業先で見せる顔ともまた違う。スイッチを入れて作った笑顔より、もう少しリラックスした表情。

「なんか……ほんとに小澤の家に主任がいるんだね」

だよね、そうなるよね。今みたいなオフの顔、見せられちゃね。さすがだわ、主任。

「そっち座ってて。コーヒーでも淹れるよ」
「あ、これ、よかったら。大した物じゃないけど」

湯浅が差し出してくれた袋を受け取ると、中身はパティスリーの箱だった。私も知っている、湯浅の家の近くの人気店だ。

「ありがとう。でも、手ぶらで来てくれてよかったのに」
「そう言って毎回色々買ってきてくれるのはどこの誰?」
「……私か」

心当たりがありまくるので、自ずと声に張りがなくなった。気を遣わせたなと思いつつ、ありがたく頂いておく。

「悪いな、湯浅。気を遣わせて」
「いえいえ。今言ったとおり、小澤がうちに遊びに来る時にいつも手土産持ってきてくれるので、たまには返しておかないと。お口に合えばいいですが」
「そうか。ありがとう」

私の手からパティスリーの箱を掻っ攫い、主任がキッチンへと向かっていく。そのスムーズさを、湯浅と共に目で追った。
ハッとして、湯浅を促してから私も主任を追いかける。

「私やりますよ」
「いい、座ってろ」
「でも」
「いいから。そっちで待ってろって」

背中をぐいっと押されて、キッチンから追いやられる。カウンターの向こうからの視線には、私も主任も気付いていた。

「追い出されちゃった」
「あはは、見てた。微笑ましすぎるわ」
「大人しく湯浅と待つことにするよ」
「柳瀬主任にコーヒー淹れてもらったなんて、会社のファンの子達に知られたらどうなるか」
「そんな過激なファンいるの?」

結婚してもなお、主任の人気は衰えない。悲鳴を上げた人もいたようだけど、むしろ結婚して家庭を持ったことで一部の好感度は更に上がったらしい。
妻である私に直接的に何か言ってくる人は今のところ現れていないので、これは全て湯浅から聞いた話。

「湯浅、コーヒーはミルクと砂糖使うか?」
「あ、はい。あれば嬉しいです」
「わかった」

ソファーに腰掛けつつ、カウンターの向こうの主任が手際よく作業する様を眺める。うん、自然。めっちゃオフ。プライベートの柳瀬主任だ。