あの時はまさか、契約婚夫婦会議の第2回目が開催されるなんて思ってもいなかった。ましてや、こんなに早くにその機会が訪れるだなんて。

「……すまんな、小澤。逃げられそうにない」
「私もです。ごめんなさい」

睨めっこしていたスマホを投げ出し、ダイニングテーブルに背中を預けた。ベランダの銀枠の向こうには、思わず顔を顰めたくなるほどの鮮やかな青空が広がっている。今日は土曜日で、こんなにも空は晴れ渡っているというのに、私達の気持ちは重い。

「湯浅は明日の午前中だったよな」
「はい。そちらは、お昼からでしたよね」
「あぁ、不本意ながら」

明日、うちに初めてのお客様が来る。
1人目は、新居に遊びに行きたい! とメッセージを寄越した湯浅。湯浅が結婚して今の暮らしをスタートさせた時に私も遊びに行かせてもらったから、同じような流れだ。

この前お茶した時に私から主任の話を聞いて、納得した次は好奇心が働いたってとこだろう。あれだけ嫌っていた主任と私が結婚してどんな関係を築いているのか、私が湯浅の立場でも気になると思うけど……繁忙期が落ち着いたのを見計らって声をかけてきたあたり、ありがたくも憎いというか何というか。

「お昼から来客があると伝えてますし、そんなに長居はしないと思うので……」
「……俺としては長居してもらった方がありがたいんだけどな」

主任の渋い表情の原因は、2人目のお客様、“穂乃果”さんだ。大阪で新婚生活を営む新妻であり、たぶん、恐らく、十中八九、私のオットのオモイビト。
主任の元へ届いたメッセージには、結婚した主任の家に遊びに行きたい旨と、その相手である私に会いたいという要望と、新幹線のチケット購入済みの画面のスクリーンショットが送られてきたらしい。
こちらは仕事の波が落ち着いたタイミングを知る由もないので、主任としては尚更憎いに違いない。

「私、用事がある体にして外出しておきましょうか?」
「……いや。そしたら第二、第三の突撃が来るだけだ」
「パ、パワフルな方ですね……」
「良くも悪くも自由なやつだからな」

つっけんどんな物言いの中に、微かに込められた情愛。この人は変わらず、叶わぬ恋をしているらしい。
……って、えぇ? 湯浅の来訪に気が向いてたけど、どっちかっていうと私にとっても穂乃果さんとの対面の方が大事件だったりするんじゃない?
秘めた想いを後生大事に抱きかかえた主任と、その想いの矛先にいる、つい最近結婚式を挙げたばかりの穂乃果さん。そして、夫の報われない恋を知る、一応妻の私。