「そっちのダンボール、中身は何だ?」
「あ、食器です。棚が届いてから出そうかと」
「14時着予定だから、もうすぐだな。食器は俺がしとくから、小澤は自分の荷物片してこい」
「えー、いいんですかぁ。ありがとうございます」

いよいよ本格的な夏の訪れを感じさせられる、7月上旬の土曜日。
新婚(仮)柳瀬夫婦(仮)、新たな生活をスタートさせます。

私達が新しい住まいに選んだのは、駅から徒歩5分圏内の賃貸マンション。都内にはこだわらなかったので、都内へのアクセスがいい地域から選んだ。
築浅2LDKの3階、オートロック。家賃もそれなりにするけれど、会社の住宅手当分を差し引いた上で折半すれば、十分リーズナブルな価格になる。
私と主任、お互いの譲れない部分がカバーされた物件で、白と黒を基調にした建物の雰囲気もいい感じ。内見したその場で入居を決めた。


「……思ってた以上に物少なくなったな」

まだカーテンもついていないような部屋で、いくつかの段ボールと最低限の家具を前に独り言ちる。
段ボールの中身は、これまた最低限の身の回りのもの。元々私物があまり多くなかったことに加えて、引越し準備の時に不要なものは容赦なく捨てたから、小物類はメイク道具なんかも含めてダンボール3箱に満たなかった。

最低限の着替えとスーツさえあれば後は何とかなってしまう、アラサー営業の悲しいトコロ。ヨアソビで身に纏っていた露出多めな服もピンヒールも、船に乗せる気にならなくて、ビニールの海に投げてきた。

「小澤、ちょっと来てくれ」
「はぁい」

玄関のすぐ右手にある自室を出て、玄関正面の扉を開く。と、左手にあるキッチンを、リビングダイニングからカウンター越しに覗き込む主任と視線が絡んだ。

「これ、どうする」

困ったような顔。どうしたんですか。
聞こうとしたのと同時に、主任の視線の先に焦点を投げた。……あー。

「この前、部署のみんなからいただいたやつですか」
「あぁ」

ワークトップの上には、立派な赤い箱にご丁寧に詰められた2つのグラス。つい先日、部署の近しい人達から連名でもらったバ●ラのペアグラスだ。

「普段使いするには怖いですし、とはいえ箱にしまったままってのも勿体ないですよね」
「飾るのもナシだな」
「ナシですねぇ」

のぼせ上がるような新婚夫婦ならアリだと思うけど、温度なんて存在しない私達の関係では、その道はあり得ない。

「とりあえず、食器棚の上の方にしまっておきましょうか。名前も刻印されてますし、お互いがそれぞれに好きな時に使うのはどうです? 私、これでお酒飲みたいです」
「そうだな。出して洗っておくか」

ペアなんて意味のあるものは使いにくい。だからこそ、この人は判断を私に委ねた。