その後ろ姿を横目に見送って、私も自分のデスクに向き直る。

っあー、朝っぱらから腹が立つ! 売り上げが落ちてることくらい、自分でもわかってるっつーの!

もちろん、何も対策していなかったわけじゃない。業務をこなしながら営業かけて、それでも結果はついてこなかった。
何を言っても言い訳になるのは、理解してる。数字が求められる営業は結果が全てだから、成績を落としたら指摘されるのは当たり前だ。

でもさ。でもさぁ!
朝イチで言いにこなくてもよくなぁーい!?



「今日も朝から火花散らしてたね」

終業後。帰りのエレベーターで声を掛けてきたのは、同僚の湯浅 薫(ゆあさ かおる)
黒髪ショートが似合うスレンダーな美女で、今は事務職だけど、昨年末に薬剤師の旦那さんと結婚するまでは共に営業として頑張っていた同期だ。

エレベーターが地上に降り立ってからも、自然と肩を並べて駅までの道のりを歩き出す。

「やだ、見てたの」
「見たくなくてもわかるもん。あ、あの辺空気ピリついてるなーって」

楽しげな声色はそのままに、右隣を見上げると、やっぱり湯浅はおかしそうに笑っていた。
その悪戯な笑みに、思わず眉根を寄せてしまう。

「ピリつきもするよ。眠い体に鞭打って出勤してさ、朝一番にチクチク言われるんだよ?」
「まぁ、そうねぇ。私は担当エリアが違ったからあんまり接点なかったけど、入社当時から厳しい人だなぁって印象はあったなぁ」
「厳しいなんて言葉じゃ足りない。鬼だよ、鬼!」
「相当溜まってるね。小澤にそこまで言わせるってよっぽどじゃない? 見た目はいいから、ファンも多いみたいだけど」
「……それが尚更腹立つの」
 
関東第二営業所、医療事業部の主任である柳瀬 真緒(まお)。歳は、30だか31だか。
新卒で入社し、研修を経て独り立ちしてからと言うもの、メキメキと売上を伸ばしたというやり手営業マン。

黒い髪の向こうに覗く、切長の奥二重の目。すっと通った鼻筋に、形の綺麗な薄い唇。
程よく筋肉のついた180センチ近いスタイルは、スーツがよく似合う。

──と言うのは、社内のトイレで鉢合わせた事務の女の子達が話してたんだっけ。

「営業先では仮面被るから、医局の看護師さんとか事務さんとかにもすごい人気なの」
「あのルックスじゃ、そうよね。テキパキ仕事こなすあの感じも、ポイント高そう」
「仕事が出来ることは認めざるを得ないけど、それ以外は全部嘘なのに! あの男に夢見てる人達みんな、騙されてるよぅ」