「その顔。話、聞いてたな?」
「そりゃ、それだけ面白そうな話してたらな。保証人欄は任せろ」
「頼むわ。あともう1人、誰かおる?」
「前オーナーに頼んだら何とかなると思う。閉店後、顔見せるって言ってたし」
「ナイスタイミング。じゃあ、保証人に関しては大河に任せるわ」

阿吽の呼吸で進んでいく会話をぼうっと聞いていると、立ち上がった主任に名前を呼ばれた。
飛び跳ねるように返事した自分に、主任との付き合いの浅さを痛感する。
そりゃそうだ。だって私達、仕事上の付き合いしかなかったんだもん。サシで飲みに行ったり、そんなことするような先輩後輩ですらなかったんだもん。

そんな人と、私は今から結婚するらしい。

「ほら小澤、行くで。たっかいヒール履いてるけど、コケるなよ」
「コケませんから! 主任こそ、お酒入ってるからって書類書くのミスしないでくださいよ」
「万年筆使って一発で書いたるわ」
「嘘ばっかり! 万年筆使ってるところなんて一度も見たことない!」


あーだこーだ言いながらコンビニに向かい、あれよあれよと揃えられた必要書類。デジタル化が進む現在、婚姻届に署名はいるけど印鑑はいらないらしい。知らなかったや。
本籍地が異なる主任の戸籍謄本は、後での取り寄せでも何とかなってしまうらしい。
バーに戻ったら前オーナーだというダンディーなオジサマがいて、深夜だというのに保証人欄は何の問題もなく埋まった。

そして、作業を進めるうちに少しずつ封印されていった主任の関西弁が、完璧に姿を消した午前3時頃。
大っ嫌いだったはずの上司と、夫婦になった。