「そういうのは気付いても言わないもんでしょ」
抗議も虚しく、彼女はただ微笑ましそうに眉尻を下げるだけだった。
主任との約束は18時45分。18時前には村田家をお暇したので、時間には十分な余裕を持って着くことが出来た。
私の起床と入れ替わるようにして主任はジムに出掛けてしまったので、今日は顔を合わせていない。あえて休日に待ち合わせをすることなんて、入籍してから家を探していた時以来じゃないだろうか。
あの時は、家探しという明確な目的があったし、会話も事務的なものばかりだった。だけど、今日はどうだろう。
スマホが震えて、画面を見ると主任からメッセージが入っていた。日曜夜の東京の主要駅で、スマホなしに合流することはほぼ不可能だ。
「悪い、待たせたか」
合流した主任は、見慣れた通勤用のダウンでもプライベートで愛用しているアウトドアブランドのダウンでもなく、ダークグレーのチェスターコートを羽織っていた。一緒に住んでいるにも関わらず初めて見るアイテムはあまりに普段と印象が違い、思わず目を瞠ってしまう。その様子を見て、正面に立った主任が怪訝そうに首を傾げた。
「変か?」
「え……いや、そうじゃなくて。いつもと雰囲気が違うからびっくりして」
「……あぁ、そういうことか」
いつもは防寒重視だからな、と言われて、今日は防寒を差し置いて重要視したい何かがあるんですかと言いかけたのを慌てて飲み込んだ。どんな言葉が返ってきても上手く返せる自信がなかった。
「行こうか」
ターミナル駅の喧騒を背景に、主任が踵を返して歩き始める。ビルの隙間から僅かに見える夜空に星は見えなくて、代わりに色とりどりのネオンが街や人々を煌々と照らしつけていた。
「美味……っしかった……!」
ウェイターのお見送りを背に店を後にし、駅までの道を歩きながら、私の興奮は止むことを知らなかった。ほろ酔いのいい気分のまま、隣を歩く主任の横顔を遠慮なく見上げる。今日の首尾は2人で赤ワイン1本だ。
「本当によかったんですか、ご馳走になっちゃって」
「いい。今日はあの時の礼だと何回も言っただろ」
「でも、お礼が凄すぎて働きに見合ってなかったというか」
主任が予約してくれていたのは、ドレスコードこそないものの、私でも名前くらいは聞いたことのある鉄板焼きのお店だった。
コースは予め伝えられていたらしく、飲み物だけをワインリストからかろうじて選び、後は目の前に立つシェフが次々に出してくれる料理に私は目を奪われていた。
抗議も虚しく、彼女はただ微笑ましそうに眉尻を下げるだけだった。
主任との約束は18時45分。18時前には村田家をお暇したので、時間には十分な余裕を持って着くことが出来た。
私の起床と入れ替わるようにして主任はジムに出掛けてしまったので、今日は顔を合わせていない。あえて休日に待ち合わせをすることなんて、入籍してから家を探していた時以来じゃないだろうか。
あの時は、家探しという明確な目的があったし、会話も事務的なものばかりだった。だけど、今日はどうだろう。
スマホが震えて、画面を見ると主任からメッセージが入っていた。日曜夜の東京の主要駅で、スマホなしに合流することはほぼ不可能だ。
「悪い、待たせたか」
合流した主任は、見慣れた通勤用のダウンでもプライベートで愛用しているアウトドアブランドのダウンでもなく、ダークグレーのチェスターコートを羽織っていた。一緒に住んでいるにも関わらず初めて見るアイテムはあまりに普段と印象が違い、思わず目を瞠ってしまう。その様子を見て、正面に立った主任が怪訝そうに首を傾げた。
「変か?」
「え……いや、そうじゃなくて。いつもと雰囲気が違うからびっくりして」
「……あぁ、そういうことか」
いつもは防寒重視だからな、と言われて、今日は防寒を差し置いて重要視したい何かがあるんですかと言いかけたのを慌てて飲み込んだ。どんな言葉が返ってきても上手く返せる自信がなかった。
「行こうか」
ターミナル駅の喧騒を背景に、主任が踵を返して歩き始める。ビルの隙間から僅かに見える夜空に星は見えなくて、代わりに色とりどりのネオンが街や人々を煌々と照らしつけていた。
「美味……っしかった……!」
ウェイターのお見送りを背に店を後にし、駅までの道を歩きながら、私の興奮は止むことを知らなかった。ほろ酔いのいい気分のまま、隣を歩く主任の横顔を遠慮なく見上げる。今日の首尾は2人で赤ワイン1本だ。
「本当によかったんですか、ご馳走になっちゃって」
「いい。今日はあの時の礼だと何回も言っただろ」
「でも、お礼が凄すぎて働きに見合ってなかったというか」
主任が予約してくれていたのは、ドレスコードこそないものの、私でも名前くらいは聞いたことのある鉄板焼きのお店だった。
コースは予め伝えられていたらしく、飲み物だけをワインリストからかろうじて選び、後は目の前に立つシェフが次々に出してくれる料理に私は目を奪われていた。



