突然ですが、契約結婚しました。

「環ちゃん、気付いてる? 別れ話をした時も今も……ひどく怯えたような顔してる」

語彙の海から言葉を紡ぎ出すことが得意な彼が投げた直球は、私の心の奥の奥を衝いた。
言葉を選ばないことがまた彼の優しさなんだろうと思う。

「君は優しいから、全部自分1人で背負い込んでしまう。全部自分のせいにして、1人で傷つくことを選ぶ」
「そんなこと……」
「ないなんて言わせないよ。俺だって真剣に、環ちゃんの隣にいたんだ」

鋭く遮られたわりに、健太くんの視線はおひさまのように温かい。

「……なんて。偉そうに言って、そのことに気付けたのは別れてしばらく経ってからだったんだけどね」

そう言って、わざとらしく肩が竦められる。
コーヒーがマグカップの中で小さく揺れて、情けない顔をした私を歪に映し出していた。

「俺、幸せだったよ。環ちゃんと知り合って、お付き合いして、大切に思った。あの時間はかけがえのないものだった」
「……っ」
「それに環ちゃんも、苦しみながら……それでも、俺を大切にしようと思ってくれていた。ちゃんと、気付いてたよ」

安心させるように頷きながら健太くんが言うから、張り詰めていた糸は解けて、胸の奥から何かが迫り上がってきた。
唇を噛んで、必死に溢れそうになるものを堪える。この光景を鮮明に覚えていなければ、と心のどこかで誰かが言った。

「あの時俺達がダメになったのは、環ちゃんだけのせいじゃない。きっとお互いに原因があったけど、あの頃の俺達は今より少しだけ若くて、問題解決のためにぶつかり合うことが出来なかった。それだけのことだよ」

マグカップに口をつけて、彼は渋いコーヒーで喉を潤す。あまりに事もなげに言うもんだから、これが真理のような気がしてくる。

「俺にとってはあの頃の楽しかった記憶も後悔も、全部引っ括めて幸せな思い出だから。ごめんとか申し訳ないとか、そんなことを思ってしまう呪いじゃなくて、環ちゃんのことが大切だった1人の男として環ちゃんの記憶にいられたら嬉しいよ」

瞬きの衝撃で、雫が壁を超えて弾けた。心の中にずっとあった蟠りが、熱に当てられた氷のように融けていく。
この人なら大丈夫なんじゃないかと無責任に距離を図って、無責任に投げ出した。私の勝手に健太くんは巻き込まれたんだ──そう思うことのほうが悪だと、彼は笑顔で示す。
そうか。私が言わなきゃいけないのは、ごめんじゃなくて、もっと違う言葉だ。

「健太くん」
「ん?」