「小澤にとって酷なことを言ってる自覚はある。わかった上でこんな頼みをするんだから、怒られて仕方ないとも思ってる」
「……それでも言うってことは、理由があるんですね?」
聞くと、案の定肯定の相槌が返ってくる。
「明日の学会に、米山病院のドクターと医局長も参加するそうなんだ。あの病院で泰煌製薬の薬はまだあまり使われてない」
「パイプ役ってことですか?」
「挨拶程度だが。懇意にしていただいてる病院だし、ウチからの紹介ともなれば顔くらいは覚えてくれるだろ」
確かに。ただ会場で居合わせて名刺交換した営業よりも、見知った会社の営業が傍らにいる方がいくらか印象には残るだろう。
米山病院は主任から引き継いで私もお世話になっているので、代理は十分に……とまではいかないけれど、務まるはずだ。
つまり今回の学会は、ビジネスの側面も兼ね備えている。
「リターンはあるんですか?」
「もちろん。遠山さんには、佐々木クリニックのドクターとの顔合わせを頼んである」
「さすが。抜かりないですね」
勉強を兼ねた仕事なのか、仕事を兼ねた勉強なのか。どちらにせよ、主任と彼が意気投合したのには頷ける。仕事に対する姿勢が似ているのだ。
そして、悲しいことに私もそのスタイルを嫌だとは思わない。
「……わかりましたよ。私が代わりに行きます」
「……悪いな。礼は必ずする」
「A5ランクのお肉、フルコースで期待してますね」
あえて声をワントーン上げて言うと、主任はもはや感心した様子で「抜かりないな、おまえも」と小さく呟いた。
念の為に私の社用携帯の番号を主任から伝えておいてもらったけれど、待ち合わせにスマホを使うことはなかった。会場であるホールの前に着くなり、柱の陰に立つ彼の姿を見つけた。
瞬間、緊張が全身を駆け巡ったのがわかる。唾をぐっと飲み込んで、僅かにお腹に力を込めた。
「遠山さん」
私が声をかけると、彼もまたゆっくりと振り向いた。──変わらない、真っ直ぐな眼をこちらに向けて。
「小澤さん」
「お約束していたにも関わらず、柳瀬が来られなくなってしまい申し訳ございません。柳瀬には及びませんが、精一杯努めさせていただきます」
声が上擦りそうになるのを必死に堪える。不自然じゃないかな。強張ってはいないかな。
数年ぶりに対峙する彼は、あまりにもあの頃と変わらない。
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。お休みのところ、わざわざ出てくださってありがとうございます」
そう言って彼は優しく目尻を下げた。そこには憎悪も嫌悪も感じ取れなくて、あの頃の綺麗だった思い出が鮮明に思い起こされる。
「……それでも言うってことは、理由があるんですね?」
聞くと、案の定肯定の相槌が返ってくる。
「明日の学会に、米山病院のドクターと医局長も参加するそうなんだ。あの病院で泰煌製薬の薬はまだあまり使われてない」
「パイプ役ってことですか?」
「挨拶程度だが。懇意にしていただいてる病院だし、ウチからの紹介ともなれば顔くらいは覚えてくれるだろ」
確かに。ただ会場で居合わせて名刺交換した営業よりも、見知った会社の営業が傍らにいる方がいくらか印象には残るだろう。
米山病院は主任から引き継いで私もお世話になっているので、代理は十分に……とまではいかないけれど、務まるはずだ。
つまり今回の学会は、ビジネスの側面も兼ね備えている。
「リターンはあるんですか?」
「もちろん。遠山さんには、佐々木クリニックのドクターとの顔合わせを頼んである」
「さすが。抜かりないですね」
勉強を兼ねた仕事なのか、仕事を兼ねた勉強なのか。どちらにせよ、主任と彼が意気投合したのには頷ける。仕事に対する姿勢が似ているのだ。
そして、悲しいことに私もそのスタイルを嫌だとは思わない。
「……わかりましたよ。私が代わりに行きます」
「……悪いな。礼は必ずする」
「A5ランクのお肉、フルコースで期待してますね」
あえて声をワントーン上げて言うと、主任はもはや感心した様子で「抜かりないな、おまえも」と小さく呟いた。
念の為に私の社用携帯の番号を主任から伝えておいてもらったけれど、待ち合わせにスマホを使うことはなかった。会場であるホールの前に着くなり、柱の陰に立つ彼の姿を見つけた。
瞬間、緊張が全身を駆け巡ったのがわかる。唾をぐっと飲み込んで、僅かにお腹に力を込めた。
「遠山さん」
私が声をかけると、彼もまたゆっくりと振り向いた。──変わらない、真っ直ぐな眼をこちらに向けて。
「小澤さん」
「お約束していたにも関わらず、柳瀬が来られなくなってしまい申し訳ございません。柳瀬には及びませんが、精一杯努めさせていただきます」
声が上擦りそうになるのを必死に堪える。不自然じゃないかな。強張ってはいないかな。
数年ぶりに対峙する彼は、あまりにもあの頃と変わらない。
「いえ、お礼を言うのはこちらの方です。お休みのところ、わざわざ出てくださってありがとうございます」
そう言って彼は優しく目尻を下げた。そこには憎悪も嫌悪も感じ取れなくて、あの頃の綺麗だった思い出が鮮明に思い起こされる。



