突然ですが、契約結婚しました。

いつもの主任ならさらっと嘘を吐きそうなところを。
体調不良でいつもより頭が回ってないのか、……嘘を吐いても見抜かれると思ったのか。

【大したことない。明日には帰る】

間を置いて、再びメッセージを受信した。肯定はしないけれど否定もしないところを見ると、無理は出来ない状況らしい。
そりゃそうだよ。傍から見るばかりで、何も出来なかったけれど……数日の主任、明らかにオーバーワークだったもん。体調を崩してしまってもおかしくない。
主任のことだから、体調を崩したのが休日でよかったとか思ってるんだろうけど。

【無理はしないでください】
【今日は実家で面倒見てもらうことにする。大丈夫だ】

主任のご実家の最寄り駅は覚えている。乗り換え案内のアプリで京都駅からの交通経路を検索すると、1時間くらいで着くらしい。
乗り換えもあるし近い距離ではない。それでも実家を頼ると言うのだから、もしかして、結構具合悪い?

【本当に大丈夫ですか? つらいようでしたら、私そっちまでお迎えに行きますけど】
【大丈夫だ。1日休めば治る】

でも、とキーボードで打ちかけて手を止めた。心配ですとここで食い下がる理由付けが、今の私には出来ないことに気が付いた。
【お大事になさってください】と、当たり障りない返事をすることしか。
ここでやりとりは終わるだろう。そう思ってトークアプリを消したタイミングで、再び短くスマホが震えた。受信したメッセージを見て、素っ頓狂な声を出してしまう。

【明日、遠山さんと一緒に行くはずだった学会、代わりに小澤が行ってきてくれないか】

熱に浮かされて、とち狂ってしまったんでしょうか。
仮にも夫で、仮にも上司に向けるには些か乱暴すぎる言葉が脳内に浮かぶ。
でも、だって、仕方ないじゃない。主任は、彼が私の元恋人だということを知っている。
私が応え倦ねていると、手の中でスマホが連続して震え始めた。着信画面には、アプリで登録された【柳瀬 真緒】の4文字。
少しだけ迷って、それでも出ないという選択肢はなく、画面をスワイプして電話に出る。

「……もしもし」
「もしもし。すまん、こんな朝早くから電話して」
「いえ、起きていたので」

メッセージのやり取りで済ますには少々もどかしく、デリケートな話題に差し掛かったことは理解していたので、見えていないとわかっていながらも私は小さく首を振った。
主任の声は、いつもと変わらない平坦な声だった。