突然ですが、契約結婚しました。

帰宅早々、機内持ち込みが出来るコンパクトなキャリーケースに荷物を詰め込みながら、主任が小さな溜め息を吐いた。

「うちの会社、基本出張ないですもんね」
「俺も数えるほどしか行ったことないな」
「今回は何の用件で行くんでしたっけ?」
「顔合わせの立ち会いだな。前にお世話になってた理事の人が、向こうの病院に新たに赴任することになったらしくてさ。関西の営業とのパイプ役として呼ばれたんだ」

背中越しに聞くその話にへぇ、と相槌を打つ。さらっと言うけど、何気にすごいこと言ってるなこの人。
さすがの人脈というか、能力というか。仕事においては、本当に尊敬するところしかない。

「明日は昼間でこっちで仕事して、午後の新幹線で京都に向かってその足で挨拶。その後会食だそうだ」
「うわぁ、聞くだけで嫌になるスケジュール」
「だよな、俺もだ」

はぁ、とまた溜め息。その後ろ姿には、疲れが滲み出ている。
それも仕方ない。通常業務に加えて、大型の販売案件の対応にも追われているのだ。連日の疲れが溜まってくる頃だろう。

「明後日は土曜日ですけど、ご実家に寄られるんですか?」
「いや、明後日は午後から学会がこっちであるから、朝イチで戻ってくる」
「えぇ……」

いくらなんでもハードすぎやしませんか、柳瀬主任。
思わず眉を顰めたタイミングで、学会というワードが記憶を引っ掻いた。そうだ。

「学会って、健……遠山さんと行くって言ってたやつですか?」
「あぁ。約束してるし、もう申込みも済んでるからな」

申込みがまだだったとしても、この人は帰ってきちゃうんだろうな。そういう人だってことは、部下時代から知っている。

「体、壊さないでくださいよ」

私が言うと、主任の丸くなった目がこちらを向いた。どんな顔をすればいいのかわからず難しい表情を浮かべた私に、主任が僅かに表情を緩ませる。

「小澤もな。留守は頼んだ」

頼まれました。軽い敬礼と共に答えると、主任はまた口角を上げた。


【悪い、帰れなくなった】

そんなメッセージがスマホを震わせたのは、土曜日の明朝だった。
休日だというのに早めに目が覚めてしまっていた私の意識は、完全に覚醒した。

【トラブルですか?】

起き上がり、布団にくるまりながら返信をする。既読はすぐについた。
が、返信はすぐに来ない。嫌な予感がして、私は再びメッセージを入力する。

【まさか、体調崩したりしてませんよね?】

悪い可能性をあえて提示して、否定されるのを待った。やはり既読はすぐにつく。
も、またすぐに返事はない。