「……っ!」

驚いた。初めて知った。そんなことを言われるなんて思ってもみなかったので、大きく目を瞠る。
予想外だ。だけど、ジンくんの時のように、拒絶する気持ちは湧いてこない。
呆ける私を前に、主任の表情が僅かに曇った。

「って……突然こんなこと言われても嫌だよな。利害の上に成り立つ関係の約束だったのに」

必死に首を横に振る。主任が嫌だなんて、そんなこと思うはずない。
私の様子を見て、主任の表情に安堵の色が浮かんだ。

「小澤が時間を必要とするなら、俺はいくらでも待つよ。どうしても無理だと思うなら、家族っていう形に拘らなくてもいい」
「しゅに……」
「ただ俺が、小澤の傍にいたい。──小澤を1人にしたくないって、そう思うんだ」

心臓が大きく跳ねた。嫌な動悸がして、内耳を記憶が駆け巡る。

『環を1人にしたくないって思った』
頭の中に大きく響いた。呪縛のような、あの人の声が。
私がずっと欲しかった言葉をくれた人。温もりだけを無責任に与えて、いなくなった後の寒さをも私に教えた人。
この人のせいで──私は私を、より一層大切に出来なくなった。

気が付いたときには手を伸ばし、主任の体を遠ざけていた。困惑する様子の彼の顔を、真っ直ぐに見られない。
私は今、主任を拒否したのだ。

「ちょっと……時間を、ください」

やっとのことで絞り出した声は、自分でも驚くほどに震えていた。